深夜図書

不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

赤×ピンク/桜庭一樹~大人になっても、生きてる限り戦いは続く~

≪内容≫

東京・六本木、廃校になった小学校で夜毎繰り広げられる非合法ガールファイト、集う奇妙な客たち、どこか壊れた、でも真摯で純な女の子たち。体の痛みを心の筋肉に変えて、どこよりも高く跳び、誰よりも速い拳を、何もかも粉砕する一撃を―彷徨のはて、都会の異空間に迷い込んだ3人の女性たち、そのサバイバルと成長と、恋を描いた、最も挑発的でロマンティックな青春小説。

 

「砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けない」「少女には向かない職業」「推定少女」とは少し違った少女。

というのも、今回の三人は18歳を超えています。

非力な中学生から大人へ。

しかし、自分で生活することが出来て、親元から離れても何かに縛られている。

そんな少女たちが織り成すキャットファイトは、不安定で儚い。

一息で消し飛んでしまいそうな彼女たちの輝きが、じんわりと読者を照らすように思います。

 

 

まゆ十四歳の死体

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わたしは、愛されたい。誰かを愛したい。だけど、苦しい。

こんなに寂しくて、悲しくて、愛されたいのに、そのための入口はなぜか、わたしの体の"格闘"っていう部分にしか開かれていない。

これってすごくむずかしい。

だって、たとえば「格闘技に詳しい彼氏がほしい」とか、そういう簡単なこととがちがうから。

檻の中に入れられて、そこで戦う。

大人たちは、それを見てるだけ。

助けない、でも見てる。

 

まゆは、中学生になって弟が生まれるまで赤ちゃん用フェンスに入れられていた。逃げようと思えば逃げられたけど出来なかった。

そしてそれをしたのは母だけど、父も知っていたのになかったことにしてまゆを助けなかった。

 

まゆは檻の中にいないと不安定。

檻の中は居心地は悪いけど、ここが居場所。

 

檻の中でしか居場所を見つけられない自分と戦う。

あのときの父のように、観客はただ見てるだけ。

そう思っていたところに、一人の青年が現れ、十四歳のまゆは檻の中で死んで二十一歳のまゆは檻の外の世界へ旅立つ。

 

まゆは、まゆを連れていった青年の「ひっでーなー。女の子こんなとこに閉じ込めて、こんなことして。」という言葉を待っていたんだと思う。

その言葉をもらわなきゃ生きていけない。

そして、その言葉をもらうには檻に入っていなきゃいけない。

檻の中から「助けて」とは言わない。

檻の中にいること自体がひどいことなんだと、誰かに言ってほしかった。

 

言葉の持つ力って本当にあるんですよね。

たった一言で救われること。

その一言で解放されること。

 

まゆは克服しようとして檻に入ったわけではないので無意識に救いを求めていたんだと思います。

こういうのって後から分かったりするものです。

人との出会いってすぐには何も見出せないけど、後々「あぁ・・・あの時の私にはこういう人が必要だったんだな・・・」と納得したりする。

 

だから色んな人で出会うべきと言われているんだなぁと思う。

 

ミーコ、みんなのおもちゃ

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あまりにも人の要求に応えようと一生懸命になると、ときどき気が遠くなる。そして四苦八苦する自分の体から気持ちだけが抜けだして、天井近くをゆらゆら舞いながら、そんな必死な、こっけいな自分を冷静に見下ろしてしまっている。

こんなふうに生きていると、わたしの人生はわたしの手からすり抜けていく。いつか自分の名前も、歳も、なにを欲しているのかまるでわからなくなって、廃人みたいになって、ドブにでも捨てられてしまいそうな気がする。

消費されて、捨てられる。

おもちゃの宿命。

 

私はミーコのお話が一番好きです。

三人の中で一番ミーコが私に近いなぁと思ったから。

 

「人の望むこと」を優先して生活していくとそれが普通になって、自分のしたいことがわからなくなっていきます。

じゃあなぜ「人の望むこと」を優先してしまうのか?

 

それは、その人が望む自分にならないと愛してもらえないと思っているから。

等身大の自分には価値がないと思っているから。

 

だけど、人はそんなものは求めていない。

だからミーコの指名料は一番安い。

 

まゆがいなくなったことをきっかけに、ミーコも物語から抜け出した。

誰のためでもない、自分の人生の一歩を踏み出すために。

 

最後の「生きてるって楽しいね」と皐月に語りかけるミーコは、きっとすごく可愛いんだろうなぁ~って思いました。

 

こういう人間が一番貧乏くじ引いてるなーと思うんですよね。

色々周りに気を使ってるのに、結局人気者にはなれなくて。

誰かの都合のいい相手にしかなれない。

消費されて、捨てられる。

おもちゃの宿命。

この言葉の通り。

じゃあ自分のしたいようにすればいいじゃんって言われても、そしたら誰も気にかけてくれないじゃない!って。

 

ミーコのように全てを捨てて自分の本当にしたいことに打ち込んでみるというのが一番ですね。

本当にしたいことが見つからない人は、とりあえず本を読むとか映画を見るとか旅行をするとか。

割り切って仕事しまくるとか。

 

なんか世の中の友達多い方が勝ち組みたいな、笑顔が一番とか、恋愛すべきとか、そういうのって自分の中で本当に求める気持ちが溢れたら自然にそれに伴った行動になると思うんです。

だから、現時点でそこに違和感があるなら無理に克服したり頑張らなくていいんじゃないかなって。

 

誰かの求める人間、それが友人や親や、周り・・・果ては世間になっちゃうと、それが出来ない自分が出来そこないのダメ人間みたいに思うじゃないですか。

 

ミーコは愛されたいとは言ってますが、ほんとうのところは自分を見つけたいというのが一番なんじゃないかと思う。

 

愛し愛されるのはその先でいい。

そして、それは若くなきゃいけないってもんでもない。

 

おかえりなさい、皐月

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 体がどんどん女性らしく変化していくことに、静かなパニックを感じていた。欲望の対象は女の人だけど、女が女を好きっていうのとは、どこかしらちがった。わたしはずっと、自分を、男のはずだと思っていた。この体がおかしいって。

 

でもそんなこと、誰になら話していいの?

大切に育ててくれてる親?同性の親友のつもりでいる女友達?気のおけない友達のつもりでいる男友達?まさかいのちの電話とか?・・・どれも絶対ちがうよ。

 

わたしは愛とか友情とかいっぱいの、無人島にいた。

 

幸せな家庭に生まれた一人娘。

幸せを壊さないために逃げて、でも結局は家族に心配をかけていて。

 

新たにキャットファイトのメンバーになったリリーと出会い、皐月は変わっていく。

 

 

リリーとキスしたとき、皐月に万能感が押し寄せてきたシーンがすごくグっときます。

この万能感ってひとりでは持ち得なくて、明確な「誰か」がいて初めて感じるもののような気がするんです。

 

それは恋人じゃなくても、親友でも兄弟でもいい。

「今ならなんでもできる気がする!!」みたいなことを感じたときがありませんか?

 

それって誰かと解りあえたときだった気がして。

喜びだけじゃなくて、孤独とか、悲しみとか、切なさとか、そういう感情を誰かと共有できたと思えたときに、「あぁひとりじゃないんだ」って思えて、そこから「じゃあもう一歩先にいけるかもしれない」みたいに、今までは絶対無理!って思ってたことが「もしかしたら出来るかもしれない」に変わる瞬間。

 

もちろん気持ちは変わっても現状は何も変わらないので不安も健在です。

でも、「誰か」と出会うことでこんなに変われるんだ!っていう場面に出会えたことが嬉しいなぁと思います。

 

小説って現実ではほぼ出会えない奇跡に立ち会えるから夢があるなぁと思います。

しかも、どこに夢を感じるかは読んだときの心境とか年齢で変わるし。

 

 

表題の「赤×ピンク」って現時点の年齢×止まったままの年齢なんですかね。

 

まゆは21歳×14歳。

ミーコは19歳×15歳。

皐月は19歳×16歳。

 

皐月は高校二年生のとき、と書かれているから17歳かもしれないけど14,15ってきたら16かな?と思いまして16歳と考えました。

 

大人の女性である「赤」と少女である「ピンク」。

いつも桜庭一樹の小説はタイトルからしてそそられるなぁと思う。

赤×ピンク (角川文庫)

赤×ピンク (角川文庫)