深夜図書

不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

種の起源/ダーヴィン~人間は不妊のアリにはなれないけど、なれないなら淘汰されるしかないのかな~

≪内容≫

『種の起源』は専門家向けの学術書ではなく、一般読者向けに発表された本である。名のみ知られるばかりで、その内容については多くを語られることのなかったこの歴史的な書を、画期的に分かりやすい新訳で贈る。

 

ダーウィン?あぁ進化論の人ね。うん、知ってるよ~読んだことないけど。

っていう中身が空っぽ状態だったので、読んでみました。

読んでみたら「あ~生物の授業でやったな・・・」っていうのもあり、「えっ!すごい!!!」っていうのもあり、「そうなんだ・・・」というのもあり・・・

実に色んな事が書かれていました。

これ読んだら、次は地質学の本を読みたくなりました。

高校時代は一応理系を選択していて生物と物理を取っていたんですけど、楽しみは全く分からなかった・・・なのに、今頃楽しくなってくるという何とも非効率的・・・。

 

やっぱ読書ってすごいな。

 

 

絶滅は必然

f:id:xxxaki:20170214212157j:plain

ドードーとかね。

全部、全部人間のせいだと思っていました。

毛皮のためだったり、食用のためだったり、油のためだったり。

自然破壊によって、汚染によって棲み処を奪われて絶滅してしまった。

 

もちろん、上記の原因はあると思う。

だけどそれだけではないのかもしれない。

自然界では、生存できる以上の数の個体が生まれているのだ。

どの個体が生き残ってどの個体が死ぬのか、どの変種や種が個体数を増加させ、どれが減少することで最終的に絶滅するかなどを決めるのは微妙な塩梅である。

生物の本質として、生存本能がある。

変わり続ける環境に適応出来なくなった個体は、次に生まれてくる個体にその情報を伝え、次の個体は環境に適応出来るように生まれてくる。

これはものすごく長い時間をかけての変化だけど、そうなると自然に適応出来なくなった個体は消えていくことになる。

もしくは、進化した個体に淘汰されることになる。

もしくは、進化の途中で息絶える、他の種に淘汰されるということが起きる。

 

もし恐竜が絶滅しなかったら生まれなかった生き物がいるだろうし、ドードーが絶滅したことで生き延びた種があるかもしれない。

「自然界では、生存できる以上の数の個体が生まれているのだ。」とダーウィンが言ったのは1859年のこと。

人口爆発という問題が生まれています。

絶滅が必然で、競争が厳しくなるということは淘汰される者がいるということです。

格差は開き続けているんだろうと思います。

 

物言わぬ動物たちは、自然や人間の行いで淘汰されていきました。

人間は人間が淘汰していくのでしょうか。

それともこれから自然災害がたくさん生まれるのでしょうか。

 

人口爆発問題。

それはすでに150年前から生まれていたのかもしれないと思うと、とても不安になります。

 

 

 

不妊のアリが多く生まれる理由

f:id:xxxaki:20170214212209j:plain

一番面白かったところ。

そして、悲惨さに「新世界より」がよぎった・・・。

それよりも、働きアリは雄アリとも、妊性のある雌アリとも、胸部の形状が独特で、翅とときには眼まで欠如しているなど、形態でも本能でも著しく異なっていることが最大の難問である。

(中略)

はっきりと区別できる二種類の不妊カーストである働きアリー働きアリどうしとも親ともはっきりと異なるーが同じひとつの巣に存在するという驚きの事実は、このようにして生じたのだ。

私はそう信じている。

そういうカーストをもうけることが社会性昆虫の集団にとってどのように有用だったかについては、文明人にとって分業が有用であるのと同じ原理だと思えば理解できる。

ただしアリが使えるのは、遺伝によって受け継いだ本能と道具や武器であり、獲得した知識や製造された装置を使うわけにはいかない。

したがって完全な分業を実現するには、働きアリが不妊になるしかなかった。妊性があったとしたら、交雑が起こり、その本能や形態が混ざり合ってしまいかねないからだ。

なんか、人間と一緒にしても意味ないとは分かっているんですが悲しい。

ハチの気持ちだと、風の中のマリア/百田尚樹が分かりやすいと思うのですが、「新世

界より」 も女王がいて、その女王以外は死んでも同然の捨て駒みたいな扱いなんですよ。

喋れるヤツ、喋れないヤツ、最後には上記話と同じで親とも同士とも似ても似つかない個体が現れる。

「風の中のマリア」でも「新世界より」でも、働きアリに相当するキャラクターはとりあえず女王のために生きているんです。

 

カーストというとインドとか条件反射で思い浮かんでしまいますが、社会性を保つ為に役目を与えることで生き延びてきた。

その役目をカーストではなく自由意志で選んでも成り立つのが文明人だと書いていると思うのですが、そうしたらインドのカースト制だったり、昔の日本におけるえた・ひにんという差別だったりは、まだ文化が育っていない時代では生存本能としておかしくない行為だったのかな?

そして、日本では一時的に景気が回復、貧困からの脱却があったからえた・ひにんという言葉の差別感が薄れてきた・・・ということかなぁ。

 

結局、生存本能を脅かすものって貧困だと思うんですよ。

だからそこの問題がある内はどこにでもカーストが生まれるのかもしれない。

今日本でいじめが頻発しているのも、若年層の貧困に伴ってなのかもしれないって思いました。

最近マウンティングという言葉がありますが、これもいかに他者よりも優位に立つかっていう行為ですよね。

こんなことをしなければならないくらい、貧しさが生まれている・・・。

 

人間は不妊のアリにはなれない。

ならなくていいように文明が出来たんじゃないのかね。

だけど、ただの働きアリにさえなれないなら人口爆発による貧困や生存競争に負けたとき淘汰されるしか道はないのかもしれない。

 

という、とても暗い気持ちになった。

人間ってなんで心があるんだろう。

心が無ければ自然のままに本能のままに役を演じ遂げるのに。

 

なんで愛したいとか、寂しいとか、悲しいとか感じちゃうんだろう。

ただ本能のまま生きていたら自然破壊も起きなかったかもしれないし、色んな問題に気付かないままでいられたのに。

それと引き換えに喜びも愛しさも嬉しさも明け渡さなければいけないけれど、どっちが幸せか・・・なんて考えてる時点でどこまで浅ましいんだろう・・・と更に暗い気持ちになった。

 

 

タスマニアデビルに見る自然淘汰

f:id:xxxaki:20170214212327j:plain

↑東武動物公園にいるみたいです。

原因不明の腫瘍が顔に出来る現象により絶滅寸前だったタスマニアデビルが、自らの進化によってこの奇病から立ち直る症例が出たとニュースにありましたね。

 

進化ってするんだ・・・ていうのが正直な感想でした。

どちらかというと人間は退化していってるような気がしたので。

今はたくさんのアレルギーを持っている子がいたり、風邪にかかりやすい人が増えているらしい。

じゃあどうするのか?っていうと、人間の退化と比例して医療が発達しています。

だから人間は免疫もすくなくなるし、今後何かしらの機能がなくなるんじゃないか・・・と思います。

 

逆にガンに関しては、タスマニアデビルのように何かしらの免疫が生まれるのかもしれませんよね。

彼らのように20年という短いスパンではいかないでしょうが。

 

黒人、白人、黄色人種とあるのも、その環境に適した結果なんですよね。

そう考えると生物って深いな・・・って思うのと同時に、すごく今に繋がっているんだなって思いました。

 

私的に、上巻は少し退屈でしたが下巻はワクワクして手が進みました。

動植物、昆虫などについて書かれているので、人間に関してはほぼ書かれていませんが人間にもすごく繋がっていると感じました。

 

絶滅とはなにか、進化とはなにか、淘汰はなぜ起こるのか・・・

知っていそうで知らなかったことがたくさん書かれています。

じっくりと読んでみてください。