深夜図書

毎日23:30更新の書評ブログです。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】君はいい子~優しさは使おう、貰おう、逃げよう、求めよう~

≪内容≫

岡野は、桜ヶ丘小学校4年2組を受けもつ新米教師。まじめだが優柔不断で、問題に真っ正面から向き合えない性格ゆえか、児童たちは言うことをきいてくれない。雅美は、夫が海外に単身赴任中のため3歳の娘・あやねとふたり暮らし。ママ友らに見せる笑顔の陰で、雅美は自宅でたびたびあやねに手をあげてしまう…。ひとつの町で、それぞれに暮らす彼らはさまざまな局面で交差していく。

 

 

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子どもと動物(ペット)の話は泣いてしまう。

劇団四季の「ライオンキング」見たときなんか、子シンバが登場した瞬間から泣いた。「こんな小さいのに、あんな立派に・・・涙」と。

自分の中で子どもって弱い生き物なんだろうと思います。

職業体験学習で幼稚園に2~3日行ったことがあるけど、子どもってほんとに個性がありますよね。

言いたいことが言えずにじっと見つめてくる子もいれば、一人占めしようとする子もいるし。

ドッチボールのとき、全員が私の後ろに隠れたせいでスイミーみたいになったのがすっごい面白かった。

スイミー―ちいさなかしこいさかなのはなし

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 「せんせー!たすけてー!わー!」とか言ってるの。

本当に可愛かったけど、大変だった。

学校の先生って本当に大変だと思う。

 

 

子どもを可愛がれば世界が平和になる

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あたしがあの子に優しくすれば、あの子が他人に優しくしてくれんの。

だから、子どもを可愛がれば世界が平和になるわけよ。

ねぇ母親ってすっごい仕事でしょ?

主人公の高良健吾こと岡野は、学年主任や子どもの母親の意見に右往左往状態でクラスの生徒たちをうまくまとめることができません。

教師としてどこまで生徒の家庭の事情に踏み込んでいいのか、一人の生徒を守るために他の生徒を野放しにしていいのか、その基準は観てる私でも苦しくなるほど難解な問題です。

ある日、いつも校庭にいて家に帰らない生徒に声をかけると5時までは家に帰ってくるなと継父に言われているということを知る。

そこで一緒に家まで行くが、継父から怒鳴り返され家に連れ込まれた生徒が暴力を受けているらしき音や怒声を聞くがその場を後にしてしまう。

次の日、虐待の疑いを感じ生徒に聞くが、生徒は受けていないと答える。

岡野は荒れるクラスの生徒たちに「家族から抱きしめてもらうこと」を宿題にあげるが、翌日からその生徒は来なくなってしまった。

あの日、逃げだした家の玄関を力強く叩く岡野が映ったところで終わります。

 

岡野先生のシーンは本当に胸が痛くなる。

自分のときこんなクラスだったっけ?と思うと先生に詫びたくなります。

こんなひどくはなかったと思うけど、人間の記憶って美化するものなので先生達から見ればこんな感じだったかもしれない。

 

いじめを思うとき。

こういう優しさの連鎖というのは綺麗ごとにしかならず、現場で起きてるのはヘヴンのような思想だと思う。

ヘヴン (講談社文庫)

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親子関係に関して子どもの 「どうすればいい子になれる?」という問いに答えられる人がいるだろうか。その「いい子」とは親にとっての「いい子」だから、子どもが求めている答えは親子間でしか得られない。

 

 損得勘定は抜きにして、優しさを持つ人が優しさで対応していくしかないと思う。優しさを持った人ばかりが損だと思うなら優しくしなければいい、としか言えない。

だって優しさを根本から持ち得ない人に持てといっても持てないのだから。

 

岡野のように、優しさに触れて強くなる人もいるわけです。

優しさが優しさを生む。

だけどそれは絶対じゃない。

優しさが喰われてしまうときもあることを知っていなければならない。

 

 

優しさとか強さとか

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だからあたしも言ってあげたいの「べっぴんさん」って。

池脇千鶴が好きです。

この監督の作品「そこのみにて光輝く」でもすっごい素敵だった。

そこのみにて光輝く 通常版DVD

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彼女、お母さん役がとても似合う。

「清く柔く」でもお母さん役をやっていたのですが、母性が強いのかな。あっけらかんとした母の強さってものをすごく感じさせるんですよ。

 

もう一人の主人公である尾野真千子演じる雅美の友人役なんですが、雅美も彼女(陽子)も幼少期に虐待を受けていたという過去があります。

そのせいで自分の子供にも手を挙げてしまう雅美と、大らかに子育てをする陽子。

陽子は虐待を受けている時に近所のおばあちゃんに助けられたと言います。

それからというもの、そのおばあちゃん家が避難場所になったこと、そのおばあちゃんが「べっぴんさん」といつも言ってくれたこと、そしてこの事がなければダメだったと思うと雅美に話します。

雅美は何も話しませんが、陽子に抱きしめられて涙する姿は本当に苦しいです。

雅美の子どもはどんなに怒鳴られ叩かれようが雅美に抱きつきます。

愛したい、愛せない、愛し方が分からない。そういった感情が見えてくるのですが、ここに恐怖もあるんじゃないかな?って思いました。

子どもが親を求める無償の愛って、それを知らずに生きてきた人にとっては恐怖でしかない気がするんです。

誰だって大人になるまで触れてこなかったものに、急に向き合わなければならないとなったら怖いと思うんです。

だけど、社会は家族の愛は普通っていう認識だからこの感情を分かってくれる人はとても少ない。

冒頭から陽子は「あやねちゃんはべっぴんさんだねぇ」と言っています。

いち早く気付いていたんでしょう。

あやねちゃんのことも雅美のことも。

あやねは雅美に叩かれ怒鳴られることばかりだけど、雅美がトイレで泣くときは「ママ大丈夫?ごめんなさい」と何度も声をかけます。

 

人を育てるってすごく難しいんだろうな。

私は教育者でも親でもないから何も言えないけど、自分の目に入ってくる子がいたら気にかけたいなと思う。

 

 

さくら=子ども

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 しあわせは晩ごはんを食べてお風呂に入ってお布団に入ってお母さんにおやすみを言ってもらう気持ちのことです。

 一番好きなシーン。

下校途中にある家のおばあちゃんと障害を持つ子どもとその母親。

このおばあちゃんは冒頭から「さくらがきたねぇ」的なことを言っているんですが、季節は春じゃないようです。

ボケたと周りからは言われていますが、彼女にとっては子ども=さくらなんじゃないかと思います。

咲いてすぐに散ってしまうさくらはあっと言う間に大人になってしまう子どもを意味しているんじゃないかなぁと。

最後に岡野が生徒の家まで走るシーンでさくらの花びらが舞い散りますが、これは風に吹かれれば散ってしまうほど子どもは儚いものなのだということかなぁ・・・と観ていました。

 

この右端のお母さんは子どもが障害を持っているからいつも周りに謝るばかりで褒められたことなんてほとんどないと、おばあちゃんの前で泣いてしまいます。

おばあちゃんはあいさつも出来て、一緒に仏壇にお祈りをしてくれてこんなにいい子はいないと言います。

それから三人の交流が始まったと思うのですが、このおばあちゃんが本当に幸せそうに楽しそうに微笑んでいるのがすっごく救われるんです。

人は自分の存在や自分の子どもが誰かを幸せにしていると思えたときにこそ幸せや自己肯定感を持てると思うんです。

 

独身のおばあちゃんは子どもと出会えたことで幸せを感じ、その幸せを感じているおばあちゃんの存在によって母親も幸せを感じる。

その間で育つ子供は幸せについて「 しあわせは晩ごはんを食べてお風呂に入ってお布団に入ってお母さんにおやすみを言ってもらう気持ちのことです。」と言う。

 

なんかすごく温かいなぁ・・・って思います、この関係。

晩ごはんを食べてお風呂に入ってお布団に入ってお母さんにおやすみを言ってもらうこと、当たり前のように思うけどこれがしあわせと言える子がどれだけいるだろう。

晩ごはんを食べていても、そこに安心やぬくもりを感じているから言えるんでしょうね。

一人で菓子パンを食べる毎日だったら晩ごはんを食べることをあげるでしょうか。

 

何が正解とか何が悪いとか、そんなことは分からないけどやっぱり人って一人じゃ生きていけないんだよなぁって思いました。

近所づきあいは煩わしいかもしれない。

でも温かいものもきっとある。

もしあなたが優しさを持っているなら惜しみなく使おう。

優しさがなくなりそうなときは無理しないで誰かから貰おう。

もし優しさが踏みにじられそうなときは逃げよう。

そして誰かの優しさを求めよう。

きみはいい子 DVD

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