深夜図書

毎日23:30更新の書評ブログです。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

夏の夜の夢/シェイクスピア~イギリスの真夏は日本の初夏だってさ~

≪内容≫

妖精のいたずらに迷わされる恋人たちが月夜の森にくりひろげる幻想喜劇「夏の夜の夢」。

 

 

高校生のころ、劇で観たことがあったのですがぼんやりとしか覚えていなくて、だけどすっごく心に残っていました。

読むうちに妖精のパックだけ思い出してきました。

いたずらっ子の妖精パック。

こういうのすごく好きなんだよなぁ・・・。

 

 

※引用文の旧字体が変換されず常用漢字で引用している部分があります。

 

夏の夜の夢

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おっしゃるとほり。

ぼくは夜をさまよふ浮かれ小坊主。 

さあ、いよいよ夜の世界だぞ。墓はあんぐり口を開け、亡者の群がうようよと、お寺の門から浮かれ出る。

おいらは妖精、ぬかりはないぞ、月の女神の馬車をかこんで、おてんと様の目をぬすみ、夢のやうに暗い世界を追つて行く、さあ、おいらの世界だ、騒ぎまはるぞ。

 ライサンダー×ハーミア

ディミートリアス×ヘレナ

のカップリングなのですが、ライサンダー=ハーミア←ディミートリアス←ヘレナという一方通行な恋が始まりです。

 

ライサンダーとハーミアが森に入ったのを追いかけたディミートリアスを追いかけるヘレナですが、ディミートリアスはヘレナに冷たい態度と辛辣な言葉を吐く。

それを見た妖精の王オーベロンは小妖精パックに惚れ薬を持って来てディミートリアスの瞼に塗りつけ、一番最初にヘレナを見るように仕向けるよう命じる。

 

機嫌良く了承したパックだが、王は「アゼンス人の男」としか言わなかったので間違えて眠っているライサンダーに塗ってしまう。

そこに迷い込んだヘレナが登場し、ライサンダーを起こしてしまう。ライサンダーは一番最初に見たヘレナにぞっこん。

 

それを知った王はパックに間違いを指摘するも、パックは「だって、アゼンス人の男って言ったじゃん。合ってるもん、間違ってないもん。」と反省する気なし。

王は自らディミートリアスに惚れ薬を塗り、ヘレナへ惚れさせたのだが、ライサンダーの効力も衰えてはいないため、ヘレナを取り合うことに。

 

自分に興味のなかった二人の男が激しく求愛してきたものだから、ヘレナは自分を騙そうとしていると激怒。騒ぎを知ったハーミアもまた疑心暗鬼になり、幼少時から友情を育んできたヘレナとハーミアの関係も怪しくなる。

 

良心からおせっかいを焼いたオーベロンですが、余計ややこしくなってしまったので

この藥草をしぼつて、ライサンダーの目にたらしこむのだ。その汁の効きめはすばらしい、たちまち目の迷ひを去り、いままでどほりの働きをとりもどさせてくれるだろう。

目が醒めてみれば、この愚かな騒ぎが、すべて夢幻と映じてこよう。

そして戀人四人、仲よく手に手をとりあひ、アゼンスをさして戾つて行くのだ、死後も變わらぬ永久の愛情に包まれてな。

 とパックに命じる。

下世話にも言ふとほり、一人の男に一人の女、お目〃が醒めたら、さう願はう。ジャックにはジル、さうしてめでたく幕とぢる。

つがひ同士がまた顔あはせ、四方八方、まるく收る。 

 と妖精にしてやられた四人なのでした。

 

結局カップリングが成立しめでたしめでたし♪となりました。

 

 

 

なぜ「夏の夜の夢」なのか

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こんなに語感がいい福田さんです、よっぽど「真夏の夜の夢」としたかったことでしょう。

 

日本人からしたら夏の~より真夏の~の方が幻想的な印象を受けると思うのです。

有名なJPOPに「真夏」は多く、サザンの「真夏の果実」だったりユーミン「真夏の夜の夢」AKB48「真夏のSounds good !」など、愛や恋を歌うものは「真夏」の印象が強く、「夏」は初夏、これから始まる恋であったり、楽しく明るいポジティブなイメージや晩夏、ひと夏の思い出だったり、別れの歌だったりという寂しげな印象があります。

 

なので「夏の夜の夢」と言われても特にイメージが湧かないのです。

うん、いつもの夢じゃん?みたいな。

特筆することのない物語という感じです。

 

 

福田さんは題名についてこう書いています。

次に、この作品の題名の飜譯であるが、それを通用の「眞夏の夜の夢」とせず「夏の夜の夢」としたのは次の理由に據る。

Midsummer-dayは夏至で、クリスト敎の聖ヨハネ祭日前後に當り、その前夜がMidsummer-nightなのである。

直譯すれば、「夏至前夜の夢」となるが、日本で「夏至」と言へば、今では「一年中で夜の一番短い日」といふ天文學的な意味しかもつてゐない。

 

宗敎、あるいはもつと素朴な民間信仰、いづれの面においても私達にはなんの聯想も湧かない。

かつて西洋では、夏至の前夜、すなはち聖ヨハネ祭日の前夜には、若い男女が森に出かけ花環を造つて戀人に捧げたり、幸福な結婚を祈ったりする風習があつた。

また古くは、この夜、妖精たちが跳梁し、藥草の効きめが特に著しくなると言はれてゐた。

 

さういふ聯想を伴はない日本では「夏至前夜の夢」と譯しても始まらない。

といつて、通用の「眞夏の夜の夢」では、私たちは土用の盛夏、暑中を想ふ。英國の夏は大したことはない。

どんなに暑くても、日本の初夏の爽やかさである。

「夏の夜の夢」でも、あまり適切とは言へないが、「眞夏の夜の夢」よりはまだしもといふ程度で、さう譯しておいた。

「夏至前夜の夢」とかいうタイトルだったら興醒めする気がします。笑

ここまで考えて訳していると思うと、やはり本というのはすごく色々な知識が詰まっているのだなと、改めて思わざるをえません。

 

私は西洋と文化が違いすぎるゆえに興味を持つのですが、違いすぎるゆえに流してしまうか、首をかしげてしまうという右から左へ受け流す状態になりやすいです。

 

なので訳者がここまで両国の文化を擦り合わせて訳してくれていると思うと、ただただ感謝だな、そして流してはダメだな、と思います。

 

 

 

妖精パックの功績

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妖精が今日の少年少女に親しみ深い存在となつたのは、この「夏の夜の夢」のおかげであつて、中世ではむしろ不可解、不気味なものであつた。エリザベス時代人にとつても、それは結婚を祝ひ守るものであつたと同時に、下手をすればいたづらをし、不吉な禍をもたらすものであり、それゆゑ、彼等は結婚に際して、妖精の善意を祈つたのである。

 この作品は結婚式に捧げられたものであるらしい。

余興でこの劇が行われていたのかもしれません。

 

というか昔って浮気とか不倫が妖精のいたずらだと思われてたのかなぁ?

そうだとしたら奇想天外かつ都合よくて面白いですよね。

「いや!違うんだ!あれは妖精に惚れ薬を塗られて・・・」みたいな?

日本でいう狐に化かされた的な?

 

今日、妖精と言って一番イメージが沸くのは「ピーターパン」のティンカーベル

ではないでしょうか。

 猫のように愛嬌溢れるキャラクターというイメージですが、中世では気味悪く思われていたとはびっくりです。

 

 

本書に出てくるパックもとても可愛らしく愛らしいキャラクターです。

 私が読んだのはこのような古書めいた本ですが(友人が持っていて貸してくれた)

シェイクスピア全集〈第4〉夏の夜の夢 (1960年)

シェイクスピア全集〈第4〉夏の夜の夢 (1960年)

 

 こちらの方がキュートですね。

 あらしも読んでみたいと思います。