深夜図書

不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。/辻村深月~母、娘、友達、女、30歳前後・・・とりあえず左記にあたる人は読んでみてほしい小説~

≪内容≫

地元を飛び出した娘と、残った娘。幼馴染みの二人の人生はもう交わることなどないと思っていた。あの事件が起こるまでは。チエミが母親を殺し、失踪してから半年。みずほの脳裏に浮かんだのはチエミと交わした幼い約束。彼女が逃げ続ける理由が明らかになるとき、全ての娘は救われる。著者の新たな代表作。

 

 

最後の最後に「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」の意味が分かる・・・!

作中に出てくる「すべての娘は、自分の母親に等しく傷つけられている。」というのはどうなんだろうか。

そうかも。と思えるような、そうかな?と思うような・・・

 

女子の友情って浅いとか言われがちですが、結構根深いんだよなぁ・・・とこの本を読んで確信しましたね。

私は好きです、女の友情。

 

 

 

 

女は30歳になったらオシマイ?

f:id:xxxaki:20170625132706j:plain

三十までにやりたいことをやって、落ち着いてなきゃいけない。何でもいいから、結婚したり、結果出しておかなきゃ、笑われるし、おしまいなんだって思ってた。そのときまで何にもないままだったら恥ずかしいし、でも、逆に言えば、そこで、苦しいのもきっと終わりになるって思ってた。

 2009年に単行本として刊行されたと記載されていました。

今は8年後の2017年ですが、この感覚分かりますか?

 

いや、これは年号の問題ではなく読む人の実年齢で感じるものなのかもしれない。

私はもう少しで30歳になる年齢ですが、こういう感覚は懐かしいです。

主に24~27歳くらいの時に感じていたように思います。

 

現実に子供が欲しいから若い子がいいと言う男性はいたし、先日読んだきれいなシワの作り方~淑女の思春期病/村田沙耶香の話の中でも、男性が「30代との合コンきつかった」的なことを言っていました。

 私の3つ上の友達は居酒屋さんで働いていたのですが、私が年齢のことで弱音を吐くと「私だってお客さんからまだまだ若いよーって言われるよ、人生長いんだから、年上の人から見たら私たちなんてまだまだなんだよ」と言って、親友は「そうかな?私は30代の女性ってかっこよくて憧れる。だから自分もそういう30代の仲間に早く入りたい。」と言いました。

 

私の環境は幸いにも年齢に支配されるような人間がいなかったようで、だからこそ縛られずに生きてこれたのだなぁと本書を読んで思いました。

 

私は友人たちのように、日常生活の何気ない言葉や情報から年齢をプラスに見るような感覚が持てなくて、「30歳になったらオバサン」とか「20代のうちがやっぱり重要だよ」なんていうような本とかネットの言葉とか、そういう顔も名前も何にも知らない人の言葉に傷付いていました。

 

今は、年齢で物事を考える感覚はほとんどありません。

年齢も"女"ということも記号でしかなくて、人としてどう生きていくかってことを考えています。

 

一人で生きているわけじゃないから、やっぱり他人の価値観が影響してくることは仕方ないことで避けられないことだと思います。

もし、私の周りの友人が「30歳までに自分の方向性決めないとダメだよ」とか「30過ぎて男探してもいないよ」とか年齢で物事を決める人間だったら、私も「そうか・・・そうかもしれない。」と思っていただろうなと思います。

 

年齢で価値を決める人間がダメとは言いません。

ただ、そういう人間と話していると見えない"何か"に縛られているような窮屈さを感じます。

そういう窮屈さの中で「なにか話さなきゃ!」と思っても、狭い空間に受け入れられるような言葉や話題を見つけなきゃいけない、と思ってしまい、全然自由に話せなくて息苦しく感じます。

 

人としての魅力は年齢じゃなくて、何者かってことでもなくて、その人がどれだけ自然で自由であるか、だと私は思っています。

 

30歳になろうが40歳になろうが、オシマイなんてことはない。

 

 

 

 

母と娘

f:id:xxxaki:20170625142802j:plain

私が話をするのは、いつだってお母さんだったから。

その人の方がおかしいよ。チエミは悪くないよというのは、お母さんだった。お母さんが見方でなければ、私にはもう、相談相手がいないのだ。

深いなぁ・・・って思いました。

チエミは一人っ子で、周りからは"異常"と言われるくらい家族の仲が良く、密着しているような関係でした。

合コンに行っても途中で親に電話をする。どこで、何人で、何をしているか、どんな職業の人で、かっこいいかどうか・・・一通り母に話したら父に変わる。

何をするにも「お母さんに聞いてみる」と言うチエミ。

そんな彼女を快く思わない人間はたくさんいた。

自立出来ていない、家族でそんなに固まるのは異常だ、気持ち悪い、おかしい・・・などなど。

 

私の友人で一人っ子の子がいますが、やっぱりお母さんとは仲良しで友達のような関係だと言っていました。

私は・・・うーん、悪くはないですが、特別仲良しではありません。

母には相談せずに勝手に決める。

決めてから言う。事後報告しかないです、ほとんど。

歯が痛いんだけど、初診っていくらだった?とか、加湿器欲しいんだけどどこのメーカーが良かった?とかは聞きますが・・・

 

ただ、母と姉に関してはちょっと思うところがあります。

以前帰省したときに、母と姉と姉の子どもと私でファミレスに行ったんです。父はパチンコに行っていたので、姉が運転してくれました。

 

そこで色々メニューを見て、私が鳥南蛮定食に決めたとなりで姉はハンバーグにしたいけどちょっと重いかなぁ・・・とうんうん悩んでいました。

母は姪っ子の面倒を見ながら即決で季節限定ハンバーグにして、ずっと姪っ子に話しかけていたのですが、姉が「ハンバーグにする!」と言ったら「あんた、和食にした方がいいんじゃないの?」と突然話に入ってきました。

 

姉はその一言で、少し悩んだあと一日分の野菜が入った雑炊(たぶんそんな名前だった)にすると言いました。

姉は、すき焼きの最初に使う牛脂が小さくなったのをすき焼きの中から探し出して食べるほど肉好き、脂身好きなので、私は思いっきり動転して「どうした!?」と言いました。

姉は「だってお母さんが和食にした方がいいって言うから・・・」と言い、そのまま雑炊を注文しました。

 

姉は雑炊を食べながら「美味しくない・・・飽きた・・・」と泣きごとを言い、私の鶏に手を出しました。

私は母の一言で180度違うものを頼む姉と母の関係に少し恐怖しました。

 

夜、姉と別れ母と家に帰ったあと「今日のさ、ファミレスの雑炊のやつさ・・・」と私が話を振ると母は「私は、あんたみたいな定食にしたら?って言ったつもりだったんだけど・・・」と言いました。

 

「いや・・・なんかさ、おかんの一言でメニュー変えるってさ、お姉ちゃんにとっておかんは教祖様か何かなの?

と気になっていたことを聞くと、「教祖様ってwそんなんじゃないと思うけど、確かに、私が口を出すとあの子なんでも鵜呑みにするから、最近会わないようにしているのよ。会うと相談されちゃって、相談されるとこうしたら?とか言っちゃうじゃない?だから・・・」と言っていました。

 

何か大変だなーと思って「ふうん、何かとりあえずやばいって思った」と言っておきました。

 

姉は何でも「どう思う?お母さんどう思う?お母さんはどっちの色がいいと思う?

お母さんは何がいい?お母さん一緒に来てね。」と母にべったりで、結婚式のドレスやら小道具やらもずーーーーっと母にいちいち聞いていたようで、母が「本当に恥ずかしくて、隣の女の子はお母さんと来ていても一人で決めているのに、あの子だけがお母さんお母さんって・・・」と私に泣きごとを言っていました。

 

私は母に「だっておかんがそういう風におねえを育てたんじゃないの?」と言うと母は「そうやって言うけど、どう育てればどうなるかなんて分かるわけないのに、結果を全て親のせいにするの?」とキレました。

母は普段キレないので、真面目に「ごめん、悪かった、そうだよね、マジごめんなさい。」と平謝りしました。

 

なんか、母と娘ってよく分からん繋がりがあるんだなーってその時思いました。

母はいつまでも姉と私を子供扱いするので、子供の日に服を買ってくれたり、食事に誘ってくれたり、日用品とか買ってくれたりして、私は「大人なのに恥ずかしい・・・」と思うし、周りからみたらとんでもなく甘ちゃんなんだろうな、って思っています。

 

私はお姉ちゃんはお母さんが死んだらどうするんだろう?ってことを心配に思っています。結婚しても、いや結婚してからの方がずっと母に頼ることが多くなったし、母も姪っ子可愛いでほとんど一緒にいるような二人なので・・・。

まぁ家族で外食したとき、ピザの枚数で私と父をさし置いてケンカし始めるくらいなので、教祖様と信者というよりは、親友?といった具合なのかもしれませんが・・・。(私と父はふだん働いているのでゲスト扱いのはずであり、母と姉はお互い専業主婦でよく外食していると話していたのにここでケンカしだす珍事。また二人で来たらええやん!と思いつつ、母に大好きなクワトロフォルマッジのピザを食べられたと姉があまりに憤慨していたので「こ、こっちの季節のピザも美味しいよ、枚数数えてなくてごめんね、次は私の分あげるね」とフォローしておいた。年を取るとやさしくなれる。)

 

いつまでも臍の緒がくっついているんじゃないかと思う母と姉なのでした。

正直、二人の関係が普通なのか異常なのかも分からないし、誰かの基準で異常と判断されても変な話なので、とりあえずもし二人に何かあったら間に入る覚悟を決めようと思う妹の私なのでした。(そのときは父も巻き込む予定)

 

 

 

女の親友

f:id:xxxaki:20170625152636j:plain

私を守って、男の子に飛びかかっていったみずほちゃんを見ながら、私は、みずほちゃんが男の子だったらいいのにと思っていた。

好きだったのは、お兄ちゃんじゃない。

本当に手に入るなら、私は、みずほちゃんが良かった。

島本理生さんの解説がそのまま「そうですよね!そうなんですよね!!!!」と百回頷きたいくらい共感出来た。

 

恋人未満、家族以上って感じかなぁ、女同士の親友と言うのは。

結婚出来ないことは分かっているし、そこまでして独占したいわけじゃないんだけど、出来る限りずっと一緒にいたい。

同じことで悩み、同じことで笑い、泣き、感動したい。

 

そう思うから「同い年の子を産もうよ!」という考えが生まれる。

私も出来るなら、親友と同い年の子を授かって、同じ学校で同じ地区で育てたい。

 

ある意味で、もう求めていないんです。

チエミはみずほ以外の友達を求めていないんだと思います。

私がもし子供を産んで、親友が産まなかったら、自然にママ友という繋がりが出来るだろうし、OOちゃんのママという立場での友人が出来ると思います。

 

そこで学校のこと、進学のこと、子供のこと、旦那のこと、家のこと、親のこと・・・そういう話でしていくと思います。

だけど、ほんとうはそういう話の全部を親友と共有したい。

みずほちゃんと共有出来ればそれでいい。

そういう気持ちがあったんじゃないかな・・・と思っています。

 

親友がもし結婚するとなったら、旦那さんに嫉妬するだろうなぁ。

私が親友と結婚出来るわけでもないし、おめでたいことだけど、どうしたって「取られた」っていう感情が湧いてくる。

チエミはそれでも、みずほの結婚式に美しい刺繍を贈ったんですよ。美しい刺繍を・・・

 

 

解説から

不思議なことに、女は、露骨な悪女よりも、無自覚な同性を疎む傾向がある。多くのものに否定されながら、それを踏み越えるしかなかった女たちにとって、無自覚さは、奪われてしまったものの象徴だから。

 

 ドキっとした。

本当にその通りだと思った。

 

私が死ぬほど悩んだニキビ。

それが出来ても「出来るときはしょうがないよね」と気にしない女性がいると、こっちがむきになって「この石鹸効いたよ!」とか「跡が残ってもレーザーで消えるから大丈夫だよ!」と聞かれてもいないのにアドバイスしたくなる。と同時に「どうしてそんなに平静としていられるの?こいつニキビやばいなとか思われてるかもしれないのに、どうして気軽に話せるの?」と余計なお世話かつ、邪心が奥底から滲み出てくるのが分かる。

 

そのとき、なんて自分は人に縛られているんだろう、ニキビで人を判断しているのは自分で、醜いのは自分だ、って自分の汚さを自覚させられる。

 

だから、露骨な悪女を見るより見た目コンプレックスだらけなのに笑顔で楽しそうに生きている女を見ると叩きたくなるのだ。

悪意を無垢な身体に染み込ませたくなる。

世の中にはこんな嫌な奴もいるし、あなたのことを「やばい」って思う人間もいるんだよ、って。

 

私が一所懸命にそれと戦っているんだから、あなたも戦いなさいよ!という理不尽な心。私も捨てたんだから、あなたも捨てなさいよ、私がずっと気付かないで子供のままでいたかった心はもう取り戻せないんだから、あなただけ持たないでよ・・・っていう懇願に近い気持ちですかね。

 

 

私は、化粧バリバリでスタイルが良くいわゆる女子力高めの人よりも、眉とファンデとチークくらいしかしていなくて、服もノーブランドでジーパンにTシャツで特にサラサラでもない黒髪みたいな女の子の方がよっぽど強いと思っています。人としてね。

 

着飾らなくても愛してくれる人がいるっていう何よりの象徴に感じるから。生きていく中でそれが一番強いことだと思う。

  第二章から、ほんとうに泣けてくる。