深夜図書

毎日23:30更新の書評ブログです。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

殺戮にいたる病/我孫子 武丸~焦る気持ちを抑えて丁寧に読むことをオススメします。~

≪内容≫

永遠の愛をつかみたいと男は願った―。東京の繁華街で次々と猟奇的殺人を重ねるサイコ・キラーが出現した。犯人の名前は、蒲生稔!くり返される凌辱の果ての惨殺。冒頭から身も凍るラストシーンまで恐るべき殺人者の行動と魂の軌跡をたどり、とらえようのない時代の悪夢と闇を鮮烈無比に抉る衝撃のホラー。

 

 

やっぱホラーおもしろい。

すごい久しぶりにホラー読んだ気がします、やっぱり定期的に読みたいホラー。

書評に起こしてないんですが、愛しの貴志祐介作品はほとんど読んでしまっていて、ホラー誰の読もう・・・と思っていたので、我孫子 武丸さんと、あと、綾辻さんを読みたいなぁと思ってます。

 

ちょうど「桜庭一樹の読書日記」に桜庭さんが新宿駅にアロハシャツを着ている人がいてアビコタケマル!と叫んだ・・・と言う話がありました。

 

我孫子 武丸だと私的におじい様なイメージがあったのですが、アビコタケマルとなるとポップな感じです。アビコタケマル、リズムもいい気がする。

 

 

 

自分に都合よく読んじゃう

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これはネタバレしたら楽しみがけっこう減ると思うので、なるべく触れないように書いていこうと思います。

 

さて、私は最後の最後まで作者の手のひらで踊っていました。

最後の一言で私はもう一度最初から読みなおすことを決意したのですが、もう一度読んでいく内に、どれだけ自分が偏った読み方をしていたか分かりました。

 

作者は何も意地悪していないし、事実をちゃんと書いていたのに、私はそこを素通りしていました。

あっそ、ふうん。で流すくらい興味を持たなかった部分が、非常にキーポイントになっていたわけです。

 

私の一番のショックは二度目に読んだときに明かされた自分の雑な読書でした。

丁寧に読んでいれば、「あれ?」「待てよ・・・」と思える箇所は何ポイントが合ったのに、読んでいるようで作者に依存して自分で考えることは何一つしていなかった。

 

早く教えてよ!早くどうなるか知らせてよ!って気持ちがそのまま結果に繋がったな、と思いました。

こんなのは言葉をなぞってるだけだ・・・と哀しくなりました。

私がしたい読書は、自分で考えながら物語と自分が一緒に進んでいくような読書です。

 

本(作者)に依存するような読書は、起きたニュースを見てるだけと一緒だと思っています。

難しいですね。

 

本書のようなホラーなりミステリーって、私はどうしても気が競ってしまうんですよ、早く結果が知りたくて。過程を蔑ろにしてしまう。

 

気持良いんですけどね。

あ~!そういうことだったのかぁああああ!!ともう一度読みかえすことって。暫く余韻にも浸れるし・・・。だけど、何かそれはなぜかわからないけどイヤなのでした。

 

たぶん読書で楽とか悦を感じたくないんだろうなぁ、と自己分析しています。苦しみたいんだろうなぁ、自分で答えを見つけたいんだろうなぁ・・・と。

 

 

 

性的嗜好

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何故俺だけが、こんな目にあわなければならないのだろう。頭がからっぽで、真の愛のなんたるかも知らないような連中は能天気に生きているというのに、この俺は、愛に目覚めてしまったがゆえにこんな苦しみを味わわなければいけない。 

これと似たような言葉をロリータ/ナボコフとか【映画】ニンフォマニアックで見た気がする。

 上の二作に関しての性的嗜好はペドフィリア(小児性愛)でして、世の中で一番誠実なのは彼らであるというような感じの話でした。

彼らの欲望は最初から否定されていて、この世界で許されるものではないのだから、彼らは自己の欲望と常に戦い、常に欲望に打ち勝ち、そして永遠に手に入らない・・・といったような話だった気がする。(うろ覚え)

 

ちなみにMORSEモールスペドフィリア(小児性愛)の話が絡んでくる。奇しくもすべて海外作品ですね・・・日本のロリコン作品なにか読んだことあったかな・・・今のところ記憶にない。

 

 

本作はペドフィリア(小児性愛)ではなく、殺人なのですが、私はどちらも未来がなく瞬間的な欲望だなぁと感じました。

殺しても殺しても死なない女がいればいいのに。

 これって「年を取らない少女がいればいいのに。」っていうのと似てませんか。

人間って死に向かって老いていきます。

そして死んだら生き返らない。

 

殺しても殺しても死なない女がいればいいのに。とか年を取らない少女がいればいいのに。って人間の未来である"死"がないですよね。

 

私は専門家でもないし、専門的に調べたいとも今のところ思っていないので、彼らの思考がどこから由来したものなのかは分かりませんが、自分勝手だとか異常だとかっていうよりも、生に対してどこかフワフワしたような、地に足がついていなくて、どこか非現実的、空想的な世界にいるような気がするなぁ、と思いました。

 

あとは"愛"を綺麗なものだと思いこみ過ぎている、とか。

愛も生も全然綺麗なものじゃないのに、世の中は何かと美談にしたがるなぁと常々思っています。あんなグロテスクなところから生まれ出て、業はつねに愛がついて回っているじゃありませんか。

もし、人が道徳的に生きようと、清らかに清潔に美しく生きようとするなら、お坊さんになるか尼さんになるかしかないんじゃないですかね。

特定の誰にも執着することなく、生き物の命を食べることなく全ての人間に等しく愛を与えて生きていけば道を踏み外すことはないでしょう。

 

 

参考文献が巻末に載っているので、ちょっと読んでみようかな、と思いました。もしもの話でも、こういう出来事があればっていう仮定が自分の中で一つでも見つかったら、ちょっとはしっくりくるかも?と期待を込めて。

 

 

 

 死に至る病

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と思っていたら「死に至る病」という本があるんですね。

 本書に出てくる引用はキルケゴールの作品からのようです。

私は哲学者っていうと、カントやバタイユ、ニーチェくらいしか知らないので、新たな発見となりました。

 

キルケゴールのも気になったけど、どちらかというとヘシオドスが気になりました。

 今ちょうど、ギリシア神話に興味を持ち始めたところで、「え、ガイアって女やったんかい!!」となっていたので、この本読みたくてしょーがないです。

 

死に至る病ってとりあえず絶望論っぽいんですが、これまたキリスト教のお話のようですね。

先日読んだ西洋美術史入門/池上英洋にも書いてありましたが西洋の芸術を知るっておのずとキリスト教を学ぶってことになるんですね・・・。

 

なんかもう、私って全然何も知らないなぁ~ってつくづく思いました。

これは桜庭一樹日記を読んでもものすごく感じたのですが、人はみんな平等な時間の中で生きていて、自分は仕事はしているものの、結婚もしていないし恋人もいない一人暮らしで、時間を作ることは左記に書いた人より簡単そうなのに、一日一冊読むのが限界で、さらに洋書になるともっと時間がかかる。

哲学書なんて相当時間がかかります。

一回じゃ読解出来ないし。。。

 

知りたいっていう好奇心と体力が全然釣り合っていないなー・・・と。

この好奇心を小学生で持てていたら、もっと時間があったろうに。生活の心配は親に任せて学校と好奇心だけで生きていけたのに・・・。

と、どうしようもないことを思いました。

 

 

 もう全然「殺戮にいたる病」関係ない記事になってしまいました。

ネタバレしないで書くって難しい!何も言えない!!

 

まだ幼かったころ「かまいたちの夜」が流行っていたのですが、怖くてパッケージさえ見れなかった記憶があります。

これの作者アビコタケマルだったんですね。

 

 なんか今、猛烈にやってみたい。

ホラーを読むと、人間が一番怖いってことが身にしみて、虫が怖くなくなる。