深夜図書

不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

ランゲルハンス島の午後/村上春樹~己の理想郷の岸辺に触れよ~

≪内容≫

まるで心がゆるんで溶けてしまいそうなくらい気持のよい、1961年の春の日の午後、川岸の芝生に寝ころんで空を眺めていた。川の底の柔らかな砂地を撫でるように流れていく水音をききながら、僕はそっと手をのばして、あの神秘的なランゲルハンス島の岸辺にふれた―。夢あふれるカラフルなイラストと、その隣に気持よさそうに寄り添うハートウォーミングなエッセイでつづる25編。

 

 

旅館のちょいちょい出てくるご飯が好きです。

メインが思いっきり「俺が主役だぜ!!」って言うのじゃなくて、先鋒 次鋒 中堅 副将 大将 マネージャー みたいな総力戦って感じが好きです。

 

全員が主役でありながら、箸休め的な要素も持っている・・・。

箸休め的なお話が詰まった本作。

25編全てで一つという感じで、素敵でした。

 

 

 

1/レストランの食事

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たとえば音楽の流れていない感じの良いゆったりした喫茶店をいくつか確保しておくのも大切なことである。

人混みの中を歩き回って気持がくしゃくしゃしてきたときなんか、こういうオアシスの如き店に辿りついてゆっくりコーヒーを飲んでいると、頭の中の絡みが静かにほぐれていくのを感じられる。 

 私はカフェが好きなので、ここの部分を引用したのですが、題にあるように午後のレストランだったり六本木交差点近くのお手洗いだったり、BGMに負けないように怒鳴らなくて済む店だったり、そういう雑誌に載らないような生活のコツは自分で見つけるしかないってお話です。

 

私は人混みが嫌いだし、声も小さいので、すごくよく分かります。

大声で怒鳴らなければ会話にならないような場所だと、話したいという気持ちより、なぜ怒鳴ってまで話さなければならないんだろう・・・と疲れてやる気を失ってしまいます。

 

若いころはそれでも楽しかった気がします。

話の内容より流行りの店に行くことの方が楽しかったし、それこそが目的だったから。

だけど、年を重ねる事に流行りに疎くなるのではなく、流行りよりも自分にとって快適か否かの方が重要になってきました。

 

そのときの気分に適した場所を自分で開拓していくのはとても骨が折れるし、勇気も必要だし、何より人の情報を受け取るだけで済むのならそれが一番楽だから、その楽さに抗ってでも快適さを求めたい気持ちがなければ出来ないことのように思います。

 

だけど快、不快の感覚を誤魔化さない人ってすごく素敵なんですよね。

それだけたくさんの感じてきたからなんでしょうが、単純に「あの人は物知り」という言葉で片づけられない色気と知性を感じます。

 

 

 

14/猫の謎

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それからこの猫は寒い季節に布団の中に入ってくるとき、必ず最初に三回布団を出入りするという習慣がある。

まず布団に入り、横になり、しばらく考えてから、「どうも駄目だわね」という感じでスルッと外に出ていく。

これが三回つづき、四回めにやっと落ちついてぐっすりと眠るのである。 

 猫が大好きなのですが、別れが怖くて一緒に暮らす勇気が持てません。

なので、猫カフェに行ったりして猫のいる空間にお邪魔させてもらいます。

 

猫がなぜ好きかというと、まぁ猫なりに気を使っていることもあるかもしれませんが、自分本位なところがたまらなく楽で癒されるのです。

 

猫カフェに行っても私は自分から猫に近付いたり、話しかけたり写メを撮ったりしません。ただ漫画なり本なりを読んでいます。

視界の端を何度も猫が通ったり、隣で毛玉を吐き出したり、私の背中と壁の隙間のせっまいところを通るときに踏まれたりして終わります。

 

私は猫を愛でたいのではなく、彼らの日常の自由さに癒されます。

「なぜそこを通る?」とか「なぜそこで吐く?」とか、たまに睨まれたりするんですが、そうするとスタッフのお姉さんが「そこはOOのお気に入りの場所なんですよ」と教えてくれたり・・・(ただその猫はベッドみたいなモノから動く気配はない)。

 

なんかそんな自由な彼らにクスっと笑えてきちゃって、笑っちゃうんですよね。心から面白くなっちゃう。

「笑わなきゃ」とか「ここは笑うところ」とか思わないで、自分のタイミングで自分の心の底から湧きあがって笑ってる。

そういうものを湧きあがらせてくれるのは猫が謎の生き物であるからなのだと思っています。

 

分かり合うってことは、私の場合は良くも悪くも気を使うことに発展しちゃうので、謎の生き物はとても癒されます。

最近ヤドカリを飼おうか本気で考えています。

 

 

 

17/BUSY OFFICE

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世の中がそば屋と八百屋だけでできていたら、全ての人の人生はもっとずっとシンプルなものであるに違いない。

「奥さん、ちょっと待っててね。今こっちの人のトマト包んじゃうからね」とか「すいません。ちょっと今店がたてこんでまして、出前は三十分くらいかかります」とか言っていれば、それで話は通じちゃうわけだから。

 

僕がその友だちに「忙しそうだね」と言うと、彼は「あたり前じゃないか。見てりゃわかるだろ」と答える。

でも何がどんな風に忙しいかまでは彼は説明してくれない。

説明するには忙しすぎるのだ。

私も一般的なOLとか営業とかいわゆるオフィス業についたことがないので、すごく分かります。

ケーキ屋なり製造業で働いていた時は単純にクリスマスなりイベントの時期は売れるから作らなければならないっていう単純な理由で忙しかったし、次の日の仕込みが大量な日は仕込むものがたくさんあるから忙しいって感覚でした。

 

世の中の忙しいというのはきっと、5人分の仕事を1人で受け持ったりしているからではないのかなぁ。

だけどどこまでが1人分の仕事か分からないから、「忙しいんだ」の一言で言う方も、言われた方も納得してしまう。

 

複雑なのだと思う、色んなことが。

本当に5人分の仕事を1人で受け持った故の忙しさの人もいれば、忙しいフリをしている人や、忙しいことがかっこいいと思っている人もいるだろうし、忙しくなりたい人もいるだろうし、「忙しいんだ」の一言には色んな人間が詰まってる。

 

私の休日は本を読んだり、ブログを書いたりで「忙しい」感覚でいますが、これを人に言っても「は?」みたいな答えが返ってきます。

この「は?」にも色んな疑問が含まれているんだろうなとは思うのですが、会話中は忙しくないけど、休日は忙しいので、そこを掘り下げて説明するには忙しすぎるのです。

 

 

ランゲルハンス島は膵臓の中にあります。

 

誰の中にもあるのですね。