深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

傷だらけのカミーユ/ピエール・ルメートル~誰かのためになにかを犠牲にできる、そういう誰かがあなたにはいますか?~

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≪内容≫

『悲しみのイレーヌ』『その女アレックス』のヴェルーヴェン警部シリーズ三部作の最終作。『その女アレックス』に続き、イギリス推理作家協会賞の2015年度インターナショナル・ダガー賞を受賞。 

 

三部作の三部目となると、キャラクターや作品の雰囲気が分かっている分入りやすいですね。

これは最後の最後まで先読みすることはできませんでした。

え?あれっ?マジかー!!!!となりました。

 

ヴェルーベン警部補シリーズ

悲しみのイレーヌ

その女アレックス

傷だらけのカミーユ

 

仏題は"犠牲"

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「どん底に落ちることになっても、誰かのためになにかを犠牲にできるっていうのは、そういう誰かがいるっていうのは、悪くないと思う。」

 

大切な誰かのために自分が犠牲になる。

その連鎖に巻き込まれるカミーユの話。

 

最後の本書を読んでそもそもこの三部作は一作目のイレーヌの存在によって成り立っていると思いました。

イレーヌはカミーユの伴侶ゆえに殺されました。

一作目の犯人がカミーユに父への憎しみと尊敬を重ねていたため、常に犯人の意識にはカミーユがあり、その矛先はカミーユの一番大切な人であり、自分の作品の被害者と同じ妊婦となったイレーヌ以外にはあり得ない。

 

一作目はイレーヌを失う物語二作目はアレックスとの出会いによってイレーヌ事件から立ち直る物語三作目はイレーヌへの燻った心に火をつけられた物語。

 

三部読んで、ものすごく筋が通っているというか、考えられているなぁと思いました。

イレーヌという女性の前に、カミーユには母という壁がありました。

145cmの身長は母の不摂生の代償だった。

つまりカミーユの身長は母の芸術の犠牲になったと思える。(カミーユの母は芸術家)

 

なぜカミーユが145cmという設定だったのか、というのがここで明確になったような気がします。

そして三部作で必ず現れるのが女性です。

 

イレーヌ→アレックス→アンヌ。

その誰もがカミーユを救い、離れていきます。

 

これは裏テーマとして、カミーユが女性とどう関わっていくのか、があるのかもしれないなぁ、と思いました。

 

自分を犠牲にしてでも守りたい誰か。

カミーユが失った母とイレーヌ。

カミーユにはもう守りたい誰かはいない、そんな日常の中で出会ったのは"誰かのために犠牲になる誰か"だった。

 

その輝きをカミーユは感じたに違いない。

 

傷だらけであることに気付くとき

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おかしなことにカミーユは、いい年をして、不意に母が恋しくなった。どうしようもないほど恋しくて、我慢しないと泣いてしまいそうだった。

だがこらえた。一人で泣いても意味がない。

 

自分の身長は母に原因があると思っていたカミーユ。

そのことで憎い気持ちもあった。だけど、芸術家の母を尊敬していたし愛していた。

愛しているのに憎い。

許したいのに許せない。

カミーユは表向き「それはしょうがないことだ」と割り切っている風でしたが、実はその傷はしっかり残っていたんですね。

 

傷っていうのは疼きますよねぇ。

自分では認めた上で前を向いているつもりでも。

 

一番大きな傷は自分では見えないものです。

はたからみたら「あの人すごく辛そうだなぁ」と感じても、本人は何にも悩みなんかないと思っていることもある。

 

気付くってことは傷付くってことだ、というのは僕だけがいない街で感じたことですが、自分で自分の傷に気付いたらまた傷付くと思います。

僕だけがいない街

僕だけがいない街

  • 発売日: 2016/08/03
  • メディア: Prime Video
 

 「僕だけがいない街」の記事を読む。

「え・・・私って心狭・・・」と私の場合には思いました。

こんなくだらなくて、小さなことをネチネチうじうじといつまでも・・・自分情けなさ過ぎる・・・という感じで。

 

だけど傷に気付かないと、前には進まないもんです。

傷はなかったことには出来ないから、目を背けてもずーっと隅っこでちらついている。

 

三部作はカミーユが自分の傷に気付くための道のりでもあったように思います。

三部は一番グロくなくて、ほんのり温かい感じです。

だけど本作だけ読むと全然分からないと思うので、せめて二部は読んでからの方がいいかなぁと思います。

 

ここまできたら中編の番外編も翻訳出してくれー!!と思ってしまう。

最後までルイは魅力的でしたが、カミーユをくわない程度のキャラクターで、最初から最後までカミーユが確固たる主役でした。

 

シリーズものって脇役とか、ヒロインとかが主人公より魅力的に思うことがあるんですが、本作はカミーユがすごく人間臭く書かれていたせいか、他の登場人物と差がありました。

当たり前のことなのかもしれませんが、これってすごいことだよなぁ・・・と密かに思いました。

"誰かのために"って、それが押し付けじゃなくて正当なものなら、すごくそれ自体が贅沢なんだよなぁ。