深夜図書

不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

じごくゆきっ/桜庭一樹~憧れといっしょに、絶望的な光のなかへ~

≪内容≫

『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の後日談を含む全7編。青春・SF・家族ドラマ…。読了後、世界は動き始める。想像力の可能性を信じる、著者10年間の軌跡。

 

 

 

『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』の後日談・・・ではなくね?と思うんですが。

 

 

桜庭さんのコメントを読むと、砂糖菓子と同じ舞台ってだけじゃないか?と思うんですけど・・・。山田なぎさ出てこないし。貴族のような兄も出てこないし。

 

とはいえ今回は面白いというより、毒あるなって思いました。

癖が強いというか。

私はこの毒に犯されてもう大好きでしょうがないのですが、今までよりだいぶ癖が強く感じたので苦手な人もいるかなぁと。

 

ただ久しぶりに子供のように読書出来ました。

何の知識や教訓の見返りも求めずに純粋に楽しくてページを進めていた。

たぶん2時間くらいで読み終わりました。

久しぶりに感想書きたい!!!って滾りました。

 

 

 

 

 

じごくゆきっ

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がたごとと音を立てて、遠くを電車が行き過ぎていく。目を閉じると、あの遠い日の夜汽車にからだごと連れていかれそうになる。もう何年もわたしは、休日のこの土手で、昼下がりの台所で、夜空を見上げる寝室の窓辺で、その衝動にじっと耐えている。 

 本作で一番何が好きっていうのは決められません。

個人的に桜庭さんの作品が好きすぎる故に、どの話も一体のドールのような感じなんです。それぞれに全く違った特徴があって、可愛さがあって、毒があり棘があるから、比べることなんて出来ない。だって今回全部かわいい愚かな女の子の話なんだもん。

そう、女の子は比べちゃだめなんです。

ひとりひとりのいい所を見て、可愛いところを見つけて、よしよし可愛いねってそうやって愛するんです。

 

あぁ私ほんとうに桜庭さんの作品について書くとき気持ち悪い。

なんかリミッターが外れてワアアアアアアアって意味不明な何かが自分の中から溢れてくる。

 

まぁでもそんな中で一番切なく思ったのが、タイトルにもなった「じごくゆきっ」です。

大人になりたくないばかたれな由美子ちゃんセンセたまたま学校に居残りしていた私の逃避行

私は由美子ちゃんセンセに誘われて鳥取の砂丘へちょっとした逃避行をする。

じごくっに向かって。

子供だった私と、大人なのに大人になりたくない由美子ちゃんセンセ。

私はいつしか大人になり、自分の子供も出来た。

 

だけど、それでも、大人になっても、あの逃避行の夜に戻りたくなるのだ。

例え、自分が誰かのお母さんになっても誰かの奥さんになっても。

 

 

ちょっと話変わりますが、私ホリケンが好きなんです。

で、アメトークのホリケンほっとけない芸人が好きなんですが、その中のエピソードですっごい分かるわ~って話がありまして。

ホリケンが大好きなAV女優に会ったときの話なんですが、このときホリケンはいつもなら話しかけるのに、話しかけずに泣いちゃったらしいんです。(かいつまんで話してます。)

その理由が結婚したし子供もいるし、何もしないって選択肢を取ろうと決めて、実際そうしたときに「もう戻れないんだ・・・」と思って泣いたらしいんです。

 

私はすっごいこの「もう戻れないんだ・・・」っていう感覚と、その感情によって泣きたくなる気持ちがすごい分かって・・・ちょっと笑えなかった・・・。

 

じごくゆきっの由美子ちゃんセンセもきっとそうだったんじゃないのかなって思うし、由美子ちゃんセンセはそれを逃避行っていう悪あがきで表現したけど、大体の人は私みたいに衝動を抑えて生きているんじゃないかなって思って・・・。

 

だって大人になったとか、結婚したとか、子供出来たとか、もうOO歳だからとか、大人になる理由なんて何個だってあるし、そういう機会が何回だってあるから。

 

だけどそのたびに逃避行するわけにもいかないっていうこれまた大人的打算的常識的な考えで、結局日々変わらぬ毎日を過ごしちゃって、それを安定とか読んじゃうよね・・・っていう悲しみ。

 

逆にその安定を求める人や安心や安らぎを感じる人もいるだろうけど、すごく切ない瞬間に私は思う・・・。

 

 

 

 

 

ビザール

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ぞくぞくする。

ゴシックホラーと言ったらまた違うかな?

この「ビザール」と「ゴッドレス」は逃げる話です。

まさかそれがいまごろ蘇ってくるなんて。それも、好きになった男の人の頭の中に。

もしも脳に使える特注の消しゴムがあるなら、入っていって全部消してしまいたいと思った。それはおどろくほど激しい感情だった。わたしにしては。

だって。

わたしは、生きていたいから。未来に、歩いていきたいんだから。

雰囲気はばらばら死体の夜に似ている感じ。

ダークな雰囲気も、主人公の弱さも。

 

社会では量産型女子のフリをしてるけど、本当は血みどろの香港ノワールとか韓国のホラーっていうオトコ受けの悪い映画が好きだけど、そんなこと言う必要はないから、黙って恋愛映画好きとか言っちゃう。だってそれが幸せの近道だし。

 

だけど君は量産型女子のフリしたヘンな子だろ?とか言われちゃうと、それもまた違くて、ヘンな女子に憧れてるただの普通の女の子なんだよって思っちゃって、結局どちらも私じゃない。

 

だから相手の望む自分になれば楽でふらふらふらふらしちゃう私。

量産型女子としての私を好きな三つ上の男の子。

私をへんな子だと思っているお父さんみたいな会社の人。

 

好きで選べない私。

じゃあ選ぶなら?

生きるため。未来のためになる方を選ぶ。

 

ドロボウは何を盗んでいるんだろう?

それはきっと自分の欲しいものじゃない。

生きるために必要なものだったり、誰かのために取り返したいものだったりで、自分の欲しいものなんかじゃないと思う。

だから私は私の欲しいものが分からない。

私は私が分からない。

 

 

 

 

 

脂肪遊戯

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「この脂肪こそわたしの神。肉体こそがわたしの信じるべきもの。脂肪。脂肪。脂肪。脂肪。」

小学三年生までは色白でほっそりした美少女だったが、中学生になるころには身長150センチ、体重70キロの醜い巨漢になり果てた。

そんな田中紗沙羅の話。

 

女子にとって禁忌であるといっても過言ではないのが太るということ。

女子という生き物は万年ダイエットに勤しんでいる。

流行りのダイエットに踊らされても凝りずに何度も挑戦する。

それくらい女子にとって体重や見た目は大事なものさしなのだ。

 

紗沙羅は美少女から巨漢に転身した。

さて、この理由は何だったのか。

 

桜庭さんの感性ってなんなんだろうか、と思う。

エッセイとか読むと非常にサバサバしていて一匹狼のような印象だけど、小説を読むとすごく女子。

女子中の女子って感じがする。

辻村深月さんとはまた180度違う女子感なんだけれど。(桜庭さんの女子は弱い。辻村さんの女子は強い。)

 

単純に太るってストレスだとか、食べすぎだとか、自己管理出来てないとかマイナスなイメージしか思い浮かばないのだけれど、紗沙羅の理由が悲しすぎて、ああもう桜庭一樹、ほんとはぁ・・・・もう・・・・と思った。

 

桜庭さんの描く女の子はみんな砂糖菓子の弾丸は撃ち抜けないの魂を持っている。

弱くて、実弾を持てなくて、甘ったるくてべたつくだけの砂糖菓子の弾丸でしか戦うことが出来ない。

それは年齢的な問題で持てないときと、20歳を超えても精神的な年齢の低さで持てないときがある。

むしろ実弾を持ったキャラクターっていたっけ?とか思ってきた。

・・・いない。いないと思う。

 

桜庭さんの小説を読むと、普段は見えない私の中の傷付いたまんまの弱っちい少女みたいなものが、聖痕みたいに浮き上がってくる。

そんで、そのときの傷付いたまんまの私を今の私が見つけて、こうしたら良かったよね、こうして欲しかったよね、って抱きしめてる感じです。

そういうことしたって、そんときの私は蛍の墓の節子と清太と同じで癒されてどこかに行けるわけではないんだけど。

 

大人になったし、私はたぶん実弾を持てる女な気がする。

だけどそれでも砂糖菓子の弾丸しか持てない私も私なのだと思う。

 

大人になっても、そういう自分を切り離したくないんだけど、日々の生活で自分で自分を忘れちゃう。

風化して失っちゃう前に桜庭さんの作品を読んで思い出して、今の私と過去の私を確認し合うっていう。

桜庭さんの作品は私にとってちょっとセラピー。