深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

夜のくもざる/村上春樹~読書もたまにはストレッチ的に~

≪内容≫

海亀の執拗な攻撃から僕らの身を守ってくれた秘密兵器とは? ヒトは死んだらどこにいくのだろう? ――読者が参加する小説「ストッキング」から、オール関西弁で書かれた「ことわざ」まで、謎とユーモアに満ちた「超短篇」小説が36本! (さらに替え歌「朝からラーメン」のおまけ付き! )絶好調の村上春樹=安西水丸“nice & easy"コンビが贈る「村上朝日堂」小説特集号!

 

 

 

内容を求めるように文章を読んでしまうと地味に疲れる。

読書なんて、じっとしてカフェラテとか飲みながらゆっくり読んでいるように見えるじゃないですか。(私はそう思う)もし思わなくても、サッカーしてる人と本を読んでいる人だったら、本を読んでいる人の方が疲れなさそうでしょう?

 

コートの端から端まで汗をかきながら全力で走っている人と、じっと本を読む人。

実は疲労度はそこまで変わらないんじゃないかと思う。

フィジカルとメンタルっていう使ってる場所が違うだけで。

 

だからたまにはこういう箸休め的な本を読むのが効く。

スポーツでいう柔軟体操もしくはストレッチのようなものだと思います。

 

深読みせずに「へえー」と読める本って以外にないですよね。

 

 

 

 

 

トランプ

f:id:xxxaki:20171223155139j:plain

とくに面白くはないけれど、食べられてしまうよりはずっといいし、それに僕らだって好きで毎晩フリオ・イグレシアスを聴いていたわけではないのだ。

本書の中から一番好きなお話を紹介します。

「トランプ」というお話で、海亀の襲撃に備える夫婦と海亀の話。

超短編集なので、これ以上書くと全て話してしまうことになってしまうので、簡単な説明で終わらせていただきます。

 

私が好きだなぁと思ったのは引用文の言葉。

世の中でほんとうに自分の意思を通さなきゃいけないことってほとんどないよなぁ・・・とか思うので、ま・そうだよね、と思えた文でした。

 

例えば理不尽な扱いを受けたり、それはちょっと違うんじゃないか?っていう言葉をかけられた時は「いや、ちょっとそれはどうですかね?」と呑みこめないときもありますけど・・・。

 

 私の職場に今年30歳でプロを目指して歌を歌ってる人がいるんですが、最近忙しいらしく仕事を辞めようか悩んでいる、といったことを上司に相談したんですね。

今丁度産休に入りそうな人がいるので、それも彼女なりに考慮して相談したとは思うんですが、上司の回答はもう30歳なんだから無理でしょ、社会人としてちゃんとしなさい、っていうようなものだったんですね。

 

彼女は私の人生なんだから好きにやらせてほしい、今までお世話になったから礼儀と思って相談したのに、話を聞いてくれなかった、といったようなことを話していました。

彼女はとてもオープンな人なので、自分がやっていることとかライブとか来て!って職場の皆に言ってるので皆知っています。それを聞いた人の中には「もう30歳なんだからあきらめれば~と思うんだけどね、私だったらあきらめるね。」という人もいます。

 

私は上司の言ってる事も、彼女の言いたい事も分かるなぁ~と思うんですが、彼女の人生なんでね、彼女の好きにしたらいいじゃない、と思っています。

引用文を仕事をすることに置き換えると

 とくに面白くはないけれど、死んでしまうよりはずっといいし、それに僕らだって好きで生まれてきたわけではないのだ。

 になるんですね、私的に。

 

 だけど彼女からしたら、せっかく生まれてきたんだし、好きなことして生きていきたい!ってなるんだろうし、上司からしたらとくに面白くなくたって社会人としての義務を果たせ!ってなるんかな~と。

 

 彼女は好きなことで生計を立てたくて、上司は大人として社会人として会社員という安定した職場を大切に思ってるんですね。

上司は口数少ないですが、たぶん彼女のことを思って言っているという感覚だと思うので、決して彼女をバカにしたりしているわけではないのです。

 

どっちも自分の思う「いい人生」があるんだなーと私は聞いてて思いました。

 

 うちの姉は欲しいものがその場になくても何か買ってもらえる!となると、目についたものを「買って!」という子供だったのですが、私は買ってくれると言ってもほんとうに欲しいものがなければ「いらない」という子供でした。そういうときは姉に「イイ子ぶって!」と詰られたり「もったいない、何か買ってくれるって言ってるんだから、なんでも選べばいいのよ」と諭されたりしたのですが、いらないものを買ってもらってもいらないことには変わりないので価値が分からない私でした。

こういう性質は大人になっても未だに二人とも変わりません。

 

 

 突き詰めて考えると自分が生まれたことはもちろん、自分が住んでる場所も仕事も何もかも、私が望んで手に入れたものなんてあったのかな、なんて思ったりします。

 

 

最近は自分を減らすこと、逢仏殺仏の教えが常に頭を巡っています。