深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

アンネの日記~戦死した人間は、ものすごく生きたかった~

≪内容≫

1926年、ドイツで裕福なドイツ系ユダヤ人家庭の二女として生まれたアンネはナチスの迫害を逃れ、一家でオランダのアムステルダムに移住。1944年、姉マルゴーの召喚を機に一家で隠れ家生活に入る。ついに1944年、ナチにより連行され、最後はベルゲン=ベルゼン強制収容所でチフスのため15歳で亡くなった。ナチスに捕らわれる前まで書き続けていた日記には、自分用に書いた日記と、公表を期して清書した日記の2種類がある。本書はその二つを編集した「完全版」に、さらに新たに発見された日記を加えた「増補新訂版」。ナチ占領下の異常な環境の中で、13歳から15歳という多感な思春期を過ごした少女の夢と悩みが瑞々しく甦る。ユネスコ世界記憶遺産。

 

 

 

 

今更だけど第二次世界大戦って相当やばくないですか。

ナチだけじゃなくて、日本も、その他の国も。

もちろん、やばいことは分かっていましたし、戦争は良くないことだというのは理屈や経験とかじゃなくて、無意識にNOと思うことです。

だけどその無意識を意識したとき、今までの「戦争ってだめだよね」っていうぼんやりとした感覚は少しずつ輪郭を見せてきています。

戦争がいけないことなんてことは分かってる。

でも、経験していない人間が戦争と向き合うには自らその時代に飛び込まなくてはならない。メディアが流す情報や新しい戦争映画を受け入れるだけで、その時代の悲惨さを感じたつもりになるのは違うように思いました。

自ら過去を掘り起こしたって、経験者にはなれないのだけど、意識して自発的に向き合うことが大事だと強く思う。

 

 

 

 

 

なぜ戦争は終わらないのか

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「いったい、そう、いったい全体、戦争がなにになるのだろう。なぜ人間は、おたがい仲よく暮らせないのだろう。なんのためにこれだけの破壊がつづけられるのだろう」

(中略)

そもそもなぜ人間は、ますます大きな飛行機、ますます大型の爆弾をいっぽうでつくりだしておきながら、いっぽうでは、復興のためのプレハブ住宅をつくったりするのでしょう?いったいどうして、毎日何百万という戦費を費やしながら、そのいっぽうでは、医療施設とか、芸術家とか、貧しい人たちとかのために使うお金がぜんぜんない、などということが起こりうるのでしょう?世界のどこかでは、食べ物がありあまって、腐らせているところさえあるというのに、どうしていっぽうには、飢え死にしなくちゃならない人たちがいるのでしょう?いったいどうして人間は、こんなにも愚かなのでしょう?

アンネ15歳のときの気持ちです。

 

この後には戦争の責任は偉い人たちや政治家だけではなく、一般の市民にもある、と続きます。

 

私は今歴史を勉強中なのですが、色んな思想があって色んな見方があるからこそ何が真実かとかどれが正しいかとかそういうのがぐるぐると渦のように混乱しています。

 

 

例えば日本は第二次世界大戦のとき、大東亜共栄圏という思想がありました。

欧米の植民地に変わって自分達の思想を押し付けたのですね。これも日本人からしたら良かれと思って、というかその当時の日本のシステムをそのまま行使しようとしたのです。

 

 

↑「菊と刀」にはその当時の日本の思想が書かれていました。一度読んだだけでは記事に出来なかったため、再度読む予定です。

日本には今でも長男が家を継ぐ、みたいな意識が根強いと思います。

恋愛するときでも、女性は相手が長男か次男、または三男かというのは、一つの項目であると思います。

昔の日本は長男に生まれなければかなり肩身の狭い思いをしていたようです。

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 ↑下級武士の三男に生まれた男は婿養子となるが・・・

 

日本はアジアの兄となり、他国を弟と見ていたのでしょうか。

兄として欧米から解放する、そして兄なのだから当たり前に上に立つ、という思想ですかね。

 

さらに、当時の日本では物資では米国に敵わずとも、精神で勝つという言葉が唱えられていたそうです。

これは戦後生き抜いてきた人たちのエッセイだったりお話にぽろっと出てきたりするので何となく想像がつきやすい。

美輪明宏さんの本でも出てきたな。

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 水木さんが書いていた、「あの場所をそうまでにして・・・、なんという空しい言葉だろう、死人(戦死者)に口はない。」という言葉。

 精神がたるんでる、とか、それでも日本男児が!とか、なんかそういう精神論的なものってまだまだ身近に感じます。

私は戦後20年くらい、人にあまり同情しなかったんです。なんといったって、戦争で死んだ人間が一番かわいそうだと思ってたからです。

 戦死した人間は、ものすごく生きたかった。

死にたくなかったんです。それがよく分かる

(あぁ太平洋より)

↑上のエントリーより抜粋

 

 アンネも戦後のことを考えていました。作家になりたいと。そしてなんのために生きるのか?ということも考えていました。

 日本は第二次世界大戦が終わったあと、朝鮮特需により高度経済成長に向かって行きました。他国の戦争で利益が出たわけです。朝鮮戦争によって死ぬ人がいて、その反対に朝鮮戦争によって生きる人がいたわけです。

「いったい、そう、いったい全体、戦争がなにになるのだろう。なぜ人間は、おたがい仲よく暮らせないのだろう。なんのためにこれだけの破壊がつづけられるのだろう」 

 ドイツは第一次世界大戦の賠償に苦しんでいました。その苦しみを全てユダヤ人に押し付けた、という意見もあります。

 

 そもそもユダヤ人がなぜこんなに嫌われているのか。その歴史たるや「反ユダヤ主義」とwikiで検索するとかなり長い1ページになっていました。

 

 戦争について思うとき、たぶん誰もが「なぜ人間は、おたがい仲よく暮らせないのだろう。」と思うことでしょう。

色んないざこざや社会背景、政治的問題を抜きして、ただの一人の人間として個人として考えたとき、どうしてお互いを認め合うことが出来ないのだろう?と。

 

どうして自分がいいと思ったものを人に押しつけるんだろう。

どうして上に立とうとするんだろう。

 

 

今の時代に生きる人たちだって、それなりにその時代の病を背負っていると思うのだけど、やっぱり私は戦争の最中で生きることを役割とされた世代が一番やるせなく思う。今だって、やりきれなくて、苦しくて死んでしまう人がいることは事実だし、それを咎めようなんて思わない。

 だけど、生きたいと思いながら(結果的に)誰かを殺すために生きて、死にたくないのに意味のない玉砕をさせられた人間がいたことを思うと、自分たちが今立っている地面の下にどれだけの苦しみがあっただろう、と思う。

" 戦死した人間は、ものすごく生きたかった。"

 アンネもそうだっただろう。アンネ以外の戦死者だって全てとは言わなくても死にたくて死んだ人間なんていなかったんじゃなかろうか。