深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

アフターダーク/村上春樹~アイ・キャント・ゴー・フォー・ザット~

≪内容≫

時計の針が深夜零時を指すほんの少し前、都会にあるファミレスで熱心に本を読んでいる女性がいた。フード付きパーカにブルージーンズという姿の彼女のもとに、ひとりの男性が近づいて声をかける。そして、同じ時刻、ある視線が、もう一人の若い女性をとらえる―。新しい小説世界に向かう、村上春樹の長編。

 

 

 

もう村上春樹作品が残すところ少なくなってしまった・・・。

色彩を持たない~は一回読んでるしな・・・。

 

本作は長編って書かれてるんですが、私的に中編のイメージです。なんというか村上春樹作品って長編=二巻以上っていう印象で・・・。

本作はめちゃくちゃ個人的に思った感想、解釈です。

これ結構難しい、というか人によってかなり解釈が変わる気がします。

アフターダークっていうタイトルだからもっと明るい終わりかなって思ってたんですが、裏切られました。笑

こういう勝手に期待して勝手に裏切られる感じ、大好きです。

 

 

 

 

 

でも、それだけは君が君自身で見つけなければならない

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『私たちの視点』という容のない視点があり、そこから見える登場人物は、浅井エリ・マリ姉妹、トロンボーン奏者の高橋、中国人の女の子を殴った白川、ラブホテル勤務のカオル(高橋とは友達?)、同じくラブホテルの勤務員コムギコオロギ

 

主人公は浅井マリ(妹)

まず、浅井エリ(姉)

彼女はモデルをやるような美女でマリは常に彼女と比較されて育ったため、美貌や愛らしさ、可愛らしさは全て姉が持ち自分にはないと思っている。

エリは長く眠るといってずっと眠り続けていてマリはそんな姉と同じ家にいるのが苦しくて深夜に家を抜けだす。中国語が出来る。

 

トロンボーン奏者の高橋

マリが深夜のファミレスで本を読んでいたら声をかけてきた男。

以前エリとマリと高橋ともう一人の男とでプールに行ったらしく、それが縁で話しかけてきた模様。カオルのホテルで事件があったとき、マリをカオルに紹介した。

 

カオル

ラブホテルで勤務していたら中国人の女の子が客に殴られ身ぐるみを剝されるという事態に遭遇。彼女を慰めようにも中国語が出来ず困っていたら高橋にマリを紹介される。監視カメラに映った犯人の顔のコピーを取り、中国人に手渡す。

 

白川

中国人の女の子を殴り身ぐるみを剝いだ張本人。

なぜかエリが眠っている部屋と酷似した部屋で仕事をしている。

結婚している模様。

 

 

コムギコオロギ

ホテルの従業員。コオロギとマリは後半で自らの生い立ちについて語りあう。

 

 

まずマリがエリに対して感じているのは劣等感です。姉妹比べられてきたからね。あるよね、そういうの。お姉ちゃんは可愛い、あんたは可愛くないからせめて勉強して自分で稼げるようになりなさい、みたいなね。逆もまた然り。

 なので、マリからしたらエリはなんでも手に入る人間で悩みなんかないでしょって存在です。人から好かれ、容姿も褒められ、とりあえず大学に入りレポートはお金を払って妹にやってもらう。そういう可愛くてどこか憎めないっていう最強な女。

 だから妹のマリからしたら、彼女が突然深く眠りに入ってしまった理由が分からないのです。そして無意識にその原因が自分にもあるのではないか?と思っている気がします。

 もしも普段から言いたいことを言いあえて、文句だろうが悪口だろうが交わせるような関係なら、「起きてよ!」って呼びかけることが出来たかもしれない。「なんなのよ!一人で何も言わずに寝やがって!わがままか!」みたいにね。

こういうのって見えない信頼関係みたいなのがないと言えないですよね。

 

 

そして高橋。

たぶん、高橋と白川は同一人物です。

そしてカオルはそのことをたぶん知っています、たぶん。

「あのさ、もしあんたたちがそいつをみつけ出したら、ひとことうちに教えてくれるかな?」

全く知らない人間のその後を知的好奇心で知りたがるような人ではない気がします。たぶん、高橋に二重人格らしきものを感じているのだと思います。

 

■高橋はトロンボーン奏者で、でも音楽では食べていけないから弁護士になろうと思い立つ。

■白川は深夜まで残業して働く勤労会社員。

 

♦高橋はタカナシのローファット牛乳に顔をしかめて普通の牛乳を買う。

♦白川は妻に頼まれ、タカナシのローファット牛乳を買う。

 

□高橋

「つまりさ、一度でも孤児になったものは、死ぬまで孤児なんだ。よく同じ夢を見る。僕は七歳で、また孤児になっている。ひとりぼっちで、頼れる大人はどこにもいない。時刻は夕方で、あたりは刻一刻と暗くなっていく。夜がすぐそこまで迫っている。いつも同じ夢だ。夢の中では、僕はいつも七歳に戻っている。そういうソフトウェアってさ、いったん汚染されると交換がきかなくなるんだね」 

 □白川

椅子に腰を下ろし、バッグの中にあるものをひとつずつ取り出して点検する。彼が「アルファヴィル」で中国人の娼婦から、はぎ取ってきた衣類だ。

(中略)

それらをひとつひとつ手にとって点検しながら、白川は終始「どうしてこんなものがここにあるのだろう?」という顔をしている。微量の不快さをふくんだ、怪訝な表情だ。もちろん彼は、 「アルファヴィル」の一室で自分がどんなことをしたのか、そっくり記憶している。

 

おそらく本体は高橋、高橋が思うもう一つの人生を送っているのが白川なのだと思います。なので白川がしている仕事も妻との電話も架空の世界での出来事だと思います。だからエリの夢の世界と酷似しているし、落ちているものが同じなのです。

 

白川がなぜ中国人の娼婦を殴り、身ぐるみを剥いだのかというと、彼女の生理が始まったことが発端でした。

私はこのとき、白川が自分を拒絶されたと思い怒ったのだと思うのです。「俺はお金を払っても普通が手に入らないのか?」というような感情です。

そして着ぐるみを剥いだのは、他人から自分が与えられなかった「普通」を奪うためです。

白川は普段白川の人生を歩いているのですが、こういう時に高橋が顔を出してしまうため、そこには意味不明な行為だけが残るのです。

 

本当は自由に生きたい(トロンボーン奏者として)し、自分の意思で牛乳も選びたい。そしてそれを誰に咎められるわけでもないのに、もう一つの人生(白川)で描くのは、残業して働く社員であり、妻好みの牛乳を買ってくる人生。

世の中の人がいう「残業で困っちゃうな」「全くあいつ俺に買い物押し付けてよぉ」なんていうさりげない一言に憧れがあるんじゃないかな、と思います。

 

 

 

マリ(妹)に対してエリ(姉)が思っていたこと

「つまりさ、妹である君はいつも、自分が手に入れたいものごとのイメージをきちんと持っていた。ノーと言うべきときには、はっきりそう口にすることができた。自分のペースでものごとを着々と進めてきた。でも浅井エリにはそれができなかった。与えられた役割をこなし、まわりを満足させることが、小さい頃から彼女の仕事みたいになった。君の言葉を借りれば、立派な白雪姫になろうと務めてきたんだ。たしかにみんなにちやほやされただろうけど、それは時にはしんどいことだったと思うよ。人生のいちばん大事な時期に、自分というものを打ち立てることができなかった。コンプレックスという言葉が強すぎるとしたら、要するに、君のことがうらやましかったんじゃないかな」

 

たぶん「アルファヴィル」に高橋とエリは行ったと思います。

白川と夢の中のエリはその「アルファヴィル」に閉じ込められているとも考えられます。

それはなぜか?

人生のいちばん大事な時期に、自分というものを打ち立てることができなかった二人がそういうことをしたらどうなるか。

正直な話、私はこれまでにけっこうたくさんの男とセックスしてきたけど、考えてみたらね、それは結局のところ、恐かったからやねん。誰かに抱かれてないと恐かったし、求められたときにはっきりといやと言えなかったから。それだけ。そんな風にセックスしてもね、なんいもええことなんかなかった。生きていく意味みたいなもんが、ちびちびすり減っていっただけやった。

 ↑コオロギ

 お互い自分の存在意義みたいなものを失ったんじゃないかなぁ、と思う。

 恋愛って自分と同じような人を好きになったりしないでしょう。どこか自分に足りないものを持っている人、自分が役に立てる人を好きになる。

 もしも、自分が空っぽなら、それを埋めてくれるような誰か。自分が満タンなら、それを担ってくれるような誰か。埋めてほしい人は埋めてくれる人とwinwinだし、満タンな人と枯渇している人でwinwin。それが愛じゃなくても、一瞬でもwinwinになったら少しは存在意義みたいなもの、自分は誰かを幸せにしてるとか、役に立ってるとか思える気がする。

 だけど、自分が空っぽで相手も枯渇していたら、自分が欲しいものはもらえないし、相手に与えることもできない。

 自分がとても無力で役に立たない、生きる意味もないようにさえ思ってしまうかもしれない。

 

 マリはマリなりに苦しんで生きてきました。

 どちらかというと、エリは表面的にはとってもいい人生ですね。誰もがうらやむような器用な人生。かたやマリはいじめに遭い学校をやめて中国人学校に通いました。表面的にはマリの方が苦しい。不器用な人生。

 

 だけど、器用な人が強いのかというとそれは180度変わる。

 例えば何でもすぐに出来る人、コピー能力がすごい人って憧れますよね。痒いところに手が届く人っていうのかな。人が求めているものを読み取る能力がある人って、人間関係上手くいくしね、人気です。そりゃそう。だって求められてることをやってるんだもん。

 だけどそういう風に器用だと自分を打ち立てる前に誰かが自分を打ちたてちゃうんです。そして誰かのイメージが自分に科せられて、そのイメージが本人であるかのようになってしまう。

 

 そして人ってそこまで他人に対して熟考しないから、「なんかイメージと違う」「思ってた人と違う」「そんな人だと思わなかった」などと言います。

最悪「裏切られた」とかね。

 

マリはエリが目覚めることを拒否したことで、見えていなかったエリを見ようとします。目の前にいたエリではなく、昔の記憶の中のエリを思い出そうとする。

しかしいずれにせよ、意識の微かな隙間を抜けて、何かがこちら側にしるしを送ろうとしている。

 自分の目の前にいる人、恋人でも家族でも親友でも、私に見せてる顔と他の人に見えてる顔があって、話す言葉にも表面的なものもあれば暗示的なものもあるのだと思う。

 いちいち人を接するたびに、懐疑的な感情を持つのはあまり健全とは思えないけれど、自分のイメージと違った部分が見えたとき、それもまた彼(彼女)の一面なのである。

 

太陽と月のように、光と影のように、そして夜明けや夕暮れのように、人間にも色んな時間があり陰影があり、光がある。 

自分を見つけることは自分にしかできないから、周りはただ見守る。なんかしてあげたくっても、世話焼きたくても、黙る。自分の意見を押しつけるんじゃなくて見守る。ちゃんと見守ってたら小さなしるしにも気付けるから。