深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】カポーティ~死は無意識に生者にコミットする~

≪内容≫

1959年、カンザスの田舎町で一家4人が惨殺される事件が発生。作家トルーマン・カポーティは、事件にかつてない好奇心をそそられ、死刑判決を受けた被告人ペリー・スミスに近づく。6年間に及ぶペリーへの取材を経て、カポーティは衝撃の作品を描き上げた。その名は――「冷血」。しかしその後、彼は一冊の本も完成させることはなかった……。

 

 

 

 

冷血/カポーティ①冷血/カポーティ②で書評を書いたときからずっと見たいと思っていた映画です。

 

小説を知らない人はよく分からない二時間かもしれない。

でも私にとってこの二時間はあっという間でした。

 

本作は小説の主人公である犯人たちが主役なのではなく、「冷血」を執筆したカポーティが主人公です。

 

 

 

 

 

二面性に潜む闇

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わりと早い段階で「冷血」というタイトルを決めていたくせに、ペリーから聞かれても一切答えなかったカポーティ。

 

カポーティのような人って苦手です。

さっきまで悪口言っていた子が教室に入ってきたら何事もなかったかのように親切に振る舞うような人があたしはどうにも気に食わない。

 

なぜだか無性に、自分に関係ないのにすっごく腹が立つんですね。

なんだその卑しい魂は。と思ってしまう。

そんなことするなら悪口言わなきゃいいのに、って思ってしまう。

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インタビューのときは、その相手に寄り添うようにシリアスな顔をして、心に響くような言葉を使う。

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独房に入っているペリーにインタビューするときはやさしく話しかける。

自分の過去の話を交えて。

 

だけど

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カポーティはそんなインタビュー生活と並行して社交界にも顔を出す。

冷たく孤独な独房のシーンからの大勢の笑顔が溢れる社交界のシーン。

この狂気さ。奇妙さ。非情さ。

なんて器用なんだろう。

あたしはそう思って見てました。

全然羨ましくなんかなくて、ただただ腹立たしいのですが。

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でも、物語が進んでいくにつれて、あの社交界の必要さが少しずつ自分の中で分かってきたんです。

 

なんていうか、あたしが感じたのは、一人で物事を掘り下げて考えるのは実はすごく危険なことなのかもしれない、ということなんです。

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弱いとか、強いとか言うのではなくて、言うなれば感受性というのかなぁ。

カポーティが独房から戻ってくるためには社交界レベルの強い笑いがなければいけなかったのかなぁと。

 

最初に書いた「さっきまで悪口言ってた子が教室に入ってきたら何事もなかったかのように親切に振る舞うような人」的な人っていますよね。

もしくはあっちにいい顔、こっちにいい顔する人。

 

あたしはそういう人を「嘘吐き」と見做していたんですが、この映画を見て見方が変わりました。

もちろん、嘘吐きな人もいるとは思いますが、たぶんどっちも本当なんだと思います。どっちも本当の自分。

おそらく、カポーティは独房でペリーと話すときはペリーに、社交界で話すときはそのときのメンバーに同化しているんだと思います。

人が、人とコミュニケーションをとるときに、どんな位置でどんな感覚で行っているのかは、自分のことしか分かりません。

そして、あたしは自分は自分、を強く持って相手に接してると思うのです。

決して同化しない。

それは相手のいう事を受け付けないっていうのではなくて、感情が分からないっていうのではないつもりなんですけど、「自分のことのように感じる」というのはほぼほぼないと思うのです。

 

Aちゃんの悪口を言ってるBちゃんは、その悪口を言っている子たちに同化しています。だから自分から生まれた怒りのようにAちゃんの悪口を言える。だけど、Aちゃんが教室に入ってきて、自分の目に入ったらBちゃんはAちゃんにも同化できるのです。

 

たぶんこういうことが出来ない人(私)からすると「なにあいつ、自分ないんかい」って感情になっちゃう気がします。

 

深く物事を掘り下げるとき、対象は自分のこととは限りません。

こういう事件や相手からの相談内容とか、そういう他者の物事に入り込んでいくときの出口は自分です。

だから自分がないと戻ってこれないんだと思います。

戻れなければ永遠に掘り下げ続けるか、掘り下げた場所に閉じ込められる。

それが怖いから違う場所を並行するのです。

 

それって器用に見えますが、すごく辛いなあ、と思いました。

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本当にカポーティが器用で非情なら、死刑執行を見届けたりしないと思います。

そして、結果的にペリーの絞首刑を見てカポーティは死を引き受けたのだと思います。

 

穢れって古くからありますが、目に見えないけどあると思う時があります。

お葬式のあとって塩をもらうじゃないですか。もしくは家に入る前に家の人にかけてもらう。

死っていうのは悪いことではないですが、生きる者にとってすごく強い力がある気がします。死者に意図はなく、無意識に生者が受け取ってしまうもの。

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 やさしくなりたい。