深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

池袋ウエストゲートパーク/石田衣良~大人たちは良いことを教えるけど、死ぬほど好きになれる何かを教えてくれるわけじゃない。~

≪内容≫

池袋西口公園(おれたちはカッコつけるときはいつも「ウエストゲートパーク」と呼んでいた)の本当の顔は週末の真夜中。噴水のまわりの円形広場はナンパコロシアムになる。ベンチに女たちが座り、男たちはぐるぐると円を描きながら順番に声をかけていく――。
ミステリーの「いま」を読みたければ、池袋を読め。刺す少年、消える少女、潰しあうギャング団……命がけのストリートを軽やかに疾走する若者たちの現在を、クールに鮮烈に描く大人気シリーズ、第一作! 
青春小説の爽快さとクライムノヴェルの危険さ。クセになリます。

 

 

 

 

めっちゃ好きだった。

たぶん一番流行ったし、一番楽しみにしてたドラマだった。IWGP。

池袋ウエストゲートパーク DVD-BOX

池袋ウエストゲートパーク DVD-BOX

 

 当時小学生だったんですが、学校行くと「昨日のIWGP見た?」って絶対誰かが言ってました。あと、誰派?みたいなやつ。笑

マコちゃん?キング?マサ?山井?山P?みたいな。

圧倒的キングの窪塚 洋介が人気だったなぁ。次点マコちゃん。

てか今見返したんですけど、なぜ小学生であんな過激なドラマを見れていたのか不思議・・・。

 

SadsのCDも買ったなぁ・・・。懐

忘却の空

忘却の空

 

 今でもたまに聞くやつ。

 

 

 

 

 

 

好きな色のために死ねるのは、壊れたガキだけだ

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 たぶんここら辺がIWGP。ここら辺でマコちゃんやG-boysが活動してます。

池袋はわりと近かった、というか身近だったんですが基本サンシャインとかある東口に行ってたんで西口に少し憧れと恐怖を感じてた小学生時代。

 

 ドラマだけ見るとマコちゃん(長瀬)とヒカル(加藤あい)の話で、何かヒカルやばかったよな~で終わったんですけど、小説だと、約80Pくらいで二人の関係は終わります。

ドラマ版は色んなミックスだったんですね、クドカンすごいなぁ。

 

 

 主人公のマコちゃんはイケメンで、池袋の果物屋の一人息子で池袋のガキたちの何でも屋みたいな役柄です。ちょっと銀魂の銀さんっぽい感じです。

 いろんな面倒事に駆り出され、救ったり解決したり、守ったり色々。

色んな小説を読んでやっとわかってきたこと。

 一人称でも書く人によって全然変わる。←今更感×当たり前感

これ一人称なんですけどすっごいクール。マコちゃんハードボイルド。

 

それで、あたしはなんでこの作品にこんなに惹かれたんだろうなぁ~ってずっと考えてたんですけど、たぶん、それは小学生のときの不良への憧れみたいなもんをちゃんと書いてくれたからな気がするんです。

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今のドラマを全く知らないので今がどうとかいう話じゃないんですけど、今だったらこれ放送してんのかな?と思う。

まあこれだけじゃなくて、当時は「金田一少年の事件簿」とか「サイコメトラーEIJI」とかエグイ死体も放送されてたし、「サイコメトラーEIJI」のマジックマッシュルームとかめちゃくちゃ怖かった記憶があります。

 

IWGPもカラー戦争とかドラッグとかまぁあんまり良くないモノがたくさん出てくるんですけど、子供ってこういうの知りたくなるもんな気がするんですよね。

 

隠された方がもっと知りたくなる。

教育に良くないって考えは難しいなぁと思います。

別にこれ見たからって、悪いことは悪いこと、フィクションはフィクションっていう垣根は越えない。それを大人が信じなくてどうする、とも思う。

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「おれたちはみんな弱い。だから嘘をつくことがある。おれたちはみんな臆病だ。だから武器をもつこともある。おれたちはみんなバカだ。だから傷つけあうこともある。でも、おれたちは許すことができる。誰がついたどんな嘘だって、きっと許せるんだ」 

 ちょっと限りなく透明に近いブルーに似たようなものを感じます。

子供でもなく、大人でもない時間。

権力やシステムを基盤にする大人と感情第一に突っ走るガキ。

「好きな色のために死ねるのは、壊れたガキだけだ」って好きな色のために死ぬなんてバカじゃないの?って思うのと同じくらい羨ましさを感じるんですよね。

ああ、いいなあって。

 

本書の中の「オアシスの恋人」って話があって、その中でラジオという電波少年が出てきて電波にハマったきっかけを話すんです。

U2のステイをエンドレステープに入れて近所を自転車で駆け回るんですね。

遥かに離れてるのに、こんなに近い、その曲はそんな歌詞なんだ。まっすぐな通りを電波がはいらなくなるまで走ったり、ぐるぐる円を描きながら家から離れてみたり、夏の夜の海を泳ぐイルカだってあんなに楽しくはなかったろうな。 

 このラジオの語りを聞いたマコちゃんの心境はこうでした。

おれはラジオは幸せなやつだと思った。なんにせよ、本当に好きなことに巡り会えたんだから。たいていの人間にはそんな瞬間はやってこない。

 だからスピードが商売になる。 

 

 好きな色のために死ぬなんて、一見バカげてるけど、死ぬほど何かを好きになれることは限られたギフトだと思うんですよね。

 それが何のためにもならなくても、そういうものを一度でも手にした人間ってどこか純粋な気がするんです。

 

 小学生とか中学生とかって義務教育の中で大人の階段を登る。

大人たちは良いことを教えるけど、死ぬほど好きになれる何かを教えてくれるわけじゃない。

だけどまだ純粋な子供って、死ぬほど好きになれる何かを無意識に探してる気がするんですよね。

だから、かっこいい出来過ぎた大人じゃなくて、かっこ悪くて不器用でも死ぬほど好きになれる何かを持っているヤツの方に目がいっちゃう。

両方見て、自分はどうしたいかを考える。それが成長だと思う。

 

 小学生のころは流行ってたし、ドラマブームだったから何となしに見てただけだけど、この歳になってIWGPの世代で良かった、あのとき、IWGPを見れて良かった、と思います。

 

 

 石田衣良さんの小説を狂ったように読み漁った時期があったけど、ちょっと森博嗣さんと似たものを感じます。無駄がない、タイトな文章。かっこいいなぁ。