深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

ナイン・ストーリーズ/サリンジャー~バナナフィッシュにうってつけの日の謎~

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≪内容≫

バナナがどっさり入っているバナナ穴に行儀よく泳いでいき、中に入ると豚みたいにバナナを食べ散らかすバナナフィッシュ。あんまりバナナを食べ過ぎて、バナナ穴から出られなくなりバナナ熱にかかって死んでしまうバナナフィッシュ……グラース家の長兄、シーモアの謎の自殺を描く「バナナフィッシュにうってつけの日」ほか、九つのケッ作からなる自選短篇集。

 

母に毎週録画してもらっているアニメ「BANANAFISH」をやっと見たらめっちゃかっこよくて歓喜。

 

www.youtube.com

OPもいい。かっこいいアニメで惹かれない音楽はない。総じていつも併せてかっこいい。

漫画と比べるとアニメ画はかなり美化されていて、ちょっとびっくり。原作は「AKIRA」にちょっと絵が似てるかなーと思ったので。

AKIRA(1) (KCデラックス)

AKIRA(1) (KCデラックス)

  • 作者:大友 克洋
  • 発売日: 1984/09/14
  • メディア: コミック
 

今風にアレンジってことかなぁ。まだ一巻しか手元にないので、アニメが毎週楽しみです。

 

バナナフィッシュにうってつけの日の謎

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「バナナフィッシュにうってつけの日」は簡単に言うとグラース家の長男シーモアが婚約者とビーチホテルに宿泊中に拳銃自殺する話です。

その中で、彼はビーチで知り合ったシビルという少女にバナナフィッシュという魚について話をする。かの有名な一節である。

 

「あのね、バナナがどっさり入ってる穴の中に泳いで入って行くんだ。入るときにはごく普通の形をした魚なんだよ。ところが、いったん穴の中に入ると、豚みたいに行儀が悪くなる。ぼくの知ってるバナナフィッシュにはね、バナナ穴の中に入って、バナナを七十八本も平らげた奴がいる」

 

ちなみに上に貼り付けたアニメ「BANANAFISH」のPVの中では「バナナフィッシュっていう魚に出会うと死にたくなるんだ」と刑事が解説している。

 

これは約20Pほどの短編なのにも関わらずかなり心に何かを残す内容です。そして20Pであるがゆえに何回でも繰り返して読める。そう考えるとキャッチャーと並んで怖い本だな、とも思う。中毒になりそうで。

 

その中で私が疑問に思ったことと、その解釈について勝手にかいて行きます。

 

謎①なぜバナナなのか。

→戦争から帰ってきたシーモア。戦争を考えるとき、私はバナナが思い浮かぶ。それは水木しげる先生の「総員玉砕せよ!/水木しげる」のとある描写から。

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まさしくバナナがどっさり入ってる穴の中。それを穴の外から見てる内は普通の人間なのだけど、穴の中に入るとよその分隊のやつらに食べられないように何本も食べる。集団でいるときは、集団にならうけれどそこからはみ出した人間は個人として生きる他ない。社会のシステムやマナーなんてものは個人で生きていれば全く意味のないもので、集団生活ゆえに必要なものである。

総員玉砕せよ! (講談社文庫)

総員玉砕せよ! (講談社文庫)

 

なぜ「フィッシュ」なのかというと、そこがビーチサイドであったということと、ある種の魚が逃げる時や獲物を捕らえるときに集団を作るところからなのかな?と思う。

 

※18/7/31追記

「我が父サリンジャー」より、「気がふれて(go bananas)」という表記を発見。

バナナはここからっぽいです。

 

謎②シー・モア・グラース(モット・カガミ・ミテちゃん)

少女シビルの言葉であり、シーモアの本名である。

「もっと鏡を見て」の意味とは。

シーモアの婚約者のミュリエルは母からシーモアを精神分析にかけるよう執拗に迫られている。そのことをシーモアも知っている。

鏡×精神分析といえばラカンの「鏡像段階」が浮かぶ。

 

幼児は生後6ヵ月から18ヵ月の間にこの段階を通過するが,その際,鏡に映る自分の像や他人の姿を見ながら,鏡像と自分を同一視し,自己の身体的統一感を体験する。(コトバンクより)

 

つまり、シビルがシーモアに言う「モット・カガミ・ミテちゃん」と言うのは、彼の精神と肉体がバラバラであることを暗示しており、自己の身体的統一を他者から求められているということなのだろうか?と思った。

 

謎③シビルの黄色い水着をなぜブルーと言ったのか?

 

「きみのその水着、いい水着だね。ブルーの水着っていうの、こんなに好きなものないな」

 

 シビルは大きく目をみひらいて相手を見つめ、それから少し突き出た自分の腹に視線を落とすと「これは黄色よ」と、言った。「これはキイロ」

 

考えられるのは、シーモアの視力が戦争によってかなり落ちていた(もしくは片目が見えなくなっていた)こと。単に自分の好きな色を言ったこと。そして、キイロを見たくなかったこと。

誰もが知ってること、バナナはキイロ

このシビルの訂正によってシーモアはバナナフィッシュのことを思い付いたんじゃないのかなぁ?と思う。そしてシビルと一緒に沖に出る。シビルは黄色の水着を着ている。シビルはバナナフィッシュである。まだごく普通の形をしたバナナフィッシュであある。だからこそシーモアはシビルに

 

「きみも若いころにはずいぶんバナナフィッシュを見たことがあるだろう?」

 

と聞いたのだと思う。おそらくシビルの年齢は高くても11歳だと思う。まだ十分若いのに「きみも若いころには」とは普通なら使わない。シーモアにとっての年齢というのはバナナフィッシュか否かなのだと思う。

 

※18/7/31追記

「我が父サリンジャー」より、シビル4歳と記載あり。

 

謎④オリーヴと蠟

 

「オリーヴねー好きだよ。オリーヴと蠟と。ぼくはどこへ行くにも必ずオリーヴと蠟を持ってくんだ」

 

オリーヴと蠟?なぜ?と思った。

オリーヴ色と検索すると「未熟なオリーブの実の色に見られる、暗い黄色である。」と出てくる。そして、いわずもがな軍服の色であり、様々な軍用に使われる色である。

そして、。これが必要なのは葬式か教会しか思い浮かばない。常にどこに行くにも持ち歩くのがこの二つなら、彼が行く場所は必ず誰かが死ぬ戦場であることを意味している、と思う。

 

謎⑤たった六匹の虎と六本のバナナ

 

「たった六匹よ」と、シビル。

「たった六匹だって!」と青年は言った「きみは六匹をたったって言うの?」 

 

世間の声→「今回の戦死者はたったの六名よ」

兵士→「たったの六人だと言うのか?」

としか聞こえない。そして、バナナフィッシュが見えたというシビル。そのバナナフィッシュは六本のバナナをくわえていたという。

 

シーモアが話したバナナフィッシュは七十八本も平らげていたわけだから、それに比べればどうってことないまだ穴から出られるバナナフィッシュかもしれない。でもそもそも数の問題なのだろうか?

 

そもそもバナナが意味してるのはなんなのか。

たぶんバナナ穴=戦場であり、バナナは人間である。

戦場につくまで兵士たちは普通の正常な罪と罰の世界に生きている。しかしいったん戦場に入ると七十八人殺そうが六人殺そうが、どんな非道なことも理不尽も罪も罰も何にもない。

だけど、そうやって殺し続けた人間は戦場から出られなくなる。例え祖国に帰還したとしても、心は常に戦場に取り残されてしまうのではないだろうか。

おそらくバナナ熱とはPTSDだと思う。

 

謎⑥なぜシーモアは自殺したのか

→絶望したから。

ではなにに絶望したのか。

それはシビルが「バナナフィッシュを見た」と言ったことだと思う。

シビルはまだバナナ穴を知らないバナナフィッシュだったが、波をかぶった後にバナナをくわえたバナナフィッシュを見たとシーモアに告げる。

 

そもそもバナナフィッシュというのは存在しない生き物なのだから、見えるはずはないのだけど、それが見えたという発言は、シーモアにいつかこの今はイノセントな少女もやがてバナナをくわえてバナナ熱にかかって死んでしまう憐れなバナナフィッシュなのだ、と思わせたのじゃないかと思う。

 

人が生きるために持っているのは希望で、シーモア(というかサリンジャー)はその希望をイノセントな子供に託していたのではないかと思う。その子供がすでにバナナフィッシュ候補であるという事実はシーモアを絶望させるには簡単すぎた。(齢4歳にしてバナナフィッシュ候補とは救いがなさすぎる)

 

おそらくですが、戦争から帰ってきた人(や戦時中を生きた人)が望むことはもう二度と戦争が生まれないことであると思う。それが希望であると思う。

 

正直シビルが言った嘘を嘘だと思う事は正常(心と肉体が繋がっている)だからそう思えることで、精神衰弱であるシーモアがそれを嘘と捉えられたかは全く分からない。そのまま本当に信じた可能性もあるし、嘘と分かっていたなら子供に嘘をつかせる(気を使わせる)ような自分がすでに穴から出られない救いようもないバナナフィッシュに思えたのかもしれない。

 

小さな謎としては

バスローブの着用と刺青、足を見るなとのいちゃもん→戦争で出来た傷を誰にも見られたくない、隠したいもの、ということかな、と思いました。

私はこの短編集の中では二番目の「コネティカットのひょこひょこおじさん」が一番好きです。ちなみにここではアニメ「BANANAFISH」に出てくるスキッパーの名前が出てくる。戦争で恋人を失くした女性の話です。「あたしいい子にしてたよね?」っていう一言だけで猛烈に悲しみが押し寄せてくる。