深夜図書

不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

我が父サリンジャー~サリンジャー、カモメに激怒する~

≪内容≫

今でも隠遁生活を続けているアメリカ文学の巨匠サリンジャー。ドイツ人女性との最初の結婚、英国貴族の娘との再婚、隠遁生活をコーニッシュに求めた理由など、多くの謎に包まれた彼の実像をすべて明らかにした娘の回想録。

 

 

 

サリンジャー読んでるとすごく苦しい。

決して楽じゃない。でも書いてるほうはもっと楽じゃないだろうな、とさえ思う。

村上春樹訳の「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を読もうと思ったけど、これはもう二度と読まないかもしれない。

とにかくキツイ。

 

 

 

 

サリンジャーはつかまえ屋ではない

f:id:xxxaki:20180731231051j:plain サリンジャーによるホールデンの夢、「ライ麦畑の捕まえ屋になりたい」というのは、嘘ではないと思う。だけど世の中の大半の芸術家やアーティストも同じく、大きな理想は夢は描くけど現実には適していない

 

 こんなに素敵な作品を作る人、こんなに感動する文章を紡ぎだす人、歴史に名を残す文豪、アーティスト、芸術家・・・実は私生活はびっくら仰天ってことほとんどじゃないですか?

 

 岡本太郎の母は有名な小説家岡本かの子さんですが、小さい太郎を柱に縛り付けたり、家に愛人を住まわせたりしてますし、ゲーテだって60歳も年下の女の子に恋したり、日本人では知らない人はいないんじゃないかってくらい有名な太宰治さんも、ドストエフスキーも、女性なりお酒なり、苦労してましたね・・・。

 

 長年、理想を説くことができるなら、なぜ本人は堕落するんだろう?と思っていたのですが、ではそもそも理想は何から生まれるか?ということを考えると理想は渇望によって生まれると思ったのです。

 とすれば、渇望するだけの飢えや渇きがあったと考えられる。理想が決して現実に適していないなら、それを渇望しても現実からは得られない・・・。そう考えると、アーティストや芸術家って響きこそめちゃくちゃかっこいいですが、とんでもない苦悩の塊という気がしてつらいです・・・。

わたしの父がどんな人物かはともかく、現実生活で彼があなた方のつかまえ屋になることはけっしてないだろう。彼の書いたものから、彼の作品から、得られるものを得てほしい。けれども作者自身は、たとえ子どもがあの恐ろしい崖に近づきすぎても、どこからともなく現れて彼らをつかまえようとはしない。 

 

 サリンジャーは読んでるとかなり普通のパパなんです。

それがちょっと面白い。普通というのが合っているのか分からないのですが、決して崇高な人って感じじゃないんです。ホールデンが色んな場所を歩き回る肉体的な移動とは別に精神的な移動をしまくるんです。んで、そのたんびに今ハマってる思想を家族に押し付ける。子供たちが病気になるとホメオパシーの薬を届ける。そしてそれは効かないのであった。

 

 彼は家とは別に自分の小屋みたいなのを建てるし、子供たちにも気を使わせてるわけです。でもそれはサリンジャーにとっては意図してることじゃないんです。だから彼は彼なりに彼のタイミングで子供たちを愛するのです。

オーバンで、あるいはマレイグの少し北だったかで、スカイ島行きのフェリーに乗った。手摺りからカモメにパンを差し出した弟が、大型の一羽に指をかじられた。いま憶えているのは、彼が大泣きをしたことーと、マシューに手渡しで餌を与えることを許したうかつさを後悔して、父がひどく落ちこんだことくらいだ。父はカモメに激怒していた。 

 父はカモメに激怒していた。 

私はここで爆笑しました。笑

カモメに激怒するサリンジャー・・・シュール過ぎるww

こういうあったかい親父みたいな話がところどころあり、親近者しか気付かないであろうサリンジャーの繊細さも語られていて、「ああ、こんなに見えてたら生きるの辛いだろうな」って思うところがたくさんありました。

 

 著名人の子供に生まれるって特別なことだと思うんですけど、彼女が語る人生は傍目から見たら輝かしく見えても、やはり当事者目線だとかなりキツイもんなんだな、と思いました。サリンジャーがホールデンのような生き方を娘に意図的に与えたわけではないと思いますが、彼女は両親がいるにもかかわらず放浪します。時にはホームレスにさえなるのです。

 

親が有名なことと、頼れる存在であるってことは=じゃないんだ。

お金があろうと土地があろうと、帰れる場所がないってことはすごくキツイ気がする。お金も土地もないなら諦めがつくかもしれないのに。どちらもあるのにないっていうのは想像だけでも結構重い。

 

 サリンジャーのことももちろん書かれていますが、どちらかというと、娘のマーガレットの人生が丁寧に描かれていて、父親譲りなのかエピソードの語りがユーモアに溢れててすごく素敵だなぁって思いました。精神的アクロバットとか。村上春樹の文化的雪かきを思い出しました。

 

 サリンジャーはキツイ。

でもそのサリンジャーが見てきた世界のキツさっていうのを思うと、よく全壊されなかったな、って思う。

 いまわたしの脳裏に、建設作業の若者たちのたくましい背中を、呆然と、まるで永遠とも思えるほど長いあいだ、じっと見つめる父のかたわらに立っていたときのことがよみがえっている。そのとき、わたしは七歳かそこら、若者たちはわたしたちの家の増築をする大工さんだった。Tシャツを脱ぎ捨てた彼らの筋肉が、夏の日差しのなかで命と若さにきらめいていた。ずいぶん時間がたったころ、父はようやくわれに返り、わたしに話しかけた。いや、もしかしたら、とくに誰にということもなく、声に出しただけだったのかもしれない。

 

「ああいう大きくてたくましい若者たちが」

ーそこで父は頭を振ったー

「決まって前線に配置されて、きまって真っ先に殺された、つぎからつぎへとまるで波みたいに前線に押し出されて」。

そういって父は片手を広げて手のひらを外に向け、寄せる並みのように前に押し出した。

我が父サリンジャー

我が父サリンジャー

 

 ほかにも、彼が戦地にいる間、母が毛糸の靴下を縫って戦場に送ってくれたおかげで、サリンジャーだけは足に重症を負う事がなかったって話など、貴重なエピソードがたくさんありました。

もうほんと月並みの言葉だけど、戦争を知らない世代しかいない時代になっても、絶対戦争したくない。確かに経験はないけど、想像はできる。絶対にいやだ。