深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】野火~悲しくて泣くんじゃなくて、あまりに気持ち悪くて吐き気で泣く映画~

≪内容≫

第2次世界大戦末期のフィリピン・レイテ島。日本軍の敗戦が色濃くなった中、田村一等兵(塚本晋也)は結核を患い、部隊を追い出されて野戦病院行きを余儀なくされる。しかし負傷兵だらけで食料も困窮している最中、少ない食料しか持ち合わせていない田村は追い出され、ふたたび戻った部隊からも入隊を拒否される。そして原野を彷徨うことになる。空腹と孤独、そして容赦なく照りつける太陽の熱さと戦いながら、田村が見たものとは・・・

 

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 日本の戦争映画って敵軍とどう戦うかとかどう戦ったかっていうのより、自軍の中のことを描いてるのが多い気がする。私がそういうのを選んでるだけなのかなぁ。

 

 どうしてこの時代に生まれたってだけで、こんな思いをしなきゃならなかったんだろう?って戦争の作品に触れたときいつも思う。

 

 

 

どこまでなら戦争だから仕方ないって言えるのかな

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 何をもってリアルって言葉を使えるのか分からないけど、この歯がボロボロなところとか、最初に比べるとだんだんガリガリになっていくところとか、肌も真っ黒に変わっていくところとか、私が想像する戦争はこういう姿だからリアルに感じるのかもしれない。

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 戦争と聞くと、戦闘で死ぬものだと考えてしまう。でも実際は餓死だったり病死だったり、普通に生きている我々の身近にある虫歯とか水虫とかそういうものが蔓延して死のきっかけになったりしていたこともあるようです。

 

 確かに、戦争が100%戦闘で死ぬもしくは相手を殺して帰還し、国を守ることだとするならまだ納得いくかもしれない。というか、当時の人たちはそう思っていた部分もあると思う。

 

 こんな風に食糧の取り合いで同じ日本人同士が殺し合いをするなんて、思っていなかったんじゃないのかな。

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 戦争を知らない人たちが増えて、戦争経験者は口を閉じたまま亡くなっていく。戦争を知らない人からしたらその経験は貴重であり、語られるべき重要な出来事だと思う。

 

 だけど、サリンジャーが口を閉じたように、水木しげるが怒りしか湧かなかったように、本当の経験者からすれば語れるようなことなどないという気持ちなのかもしれない。

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 知らないから、あるはずもない希望を体験談の中に探そうとしてしまい、その姿が体験者の口を閉ざしてしまうのかもしれない。

 

 生きていく上で"希望"は絶対に必要なものだと思う。だから、無意識に探してしまうし、自分が経験していないこと、見ていないものに対して可能性を求めてしまう。

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 悲しい出来事ほど、意味が欲しいし理由も結果も欲しい。

だって、こんなに悲しいのに、何もなかったらもっと悲しすぎるから。

だけど、本当は本当は何にもなかったんじゃないかって思えてくる。悲しいこと以外の何も。

 

 その場にいなかった人たちが求める希望は何も。

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 この映画は悲しくて泣くんじゃなくて、あまりに気持ち悪くて吐き気で泣く映画です。

 かわいそうとか、辛いとか、そういうキレイな感情より、圧倒的な不快感が最初から最後までこの映画を彩ってる。

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 たまに出てくるフィリピンの美しい自然さえキレイだと思える余裕が観てる側にもなくなってくる。プライベート・ライアンでは兵士が兵士同士の友情物語を書きたいと言っていた。彼は戦争の中に、凄惨な世界の中にこそ輝く光があると思ってた。

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 タイトルの「野火」は、若草のために焼かれる枯草のことを、これからの世代と戦争の役回りを担った世代とみているのだろうか。

 

野火

野火

 

  戦争を知らない人間だけになったらまた繰り返すだろうか?その役回りとして焼かれて消えた我々と同じ人々の上で呼吸しているというのに。