深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】シャッターアイランド~科学に委ねるのが怖いのは潜在意識からか~

≪内容≫

精神を病んだ犯罪者だけを収容し、四方八方を海に囲まれた「閉ざされた島(シャッター アイランド)」から一人の女が姿を消した。島全体に漂う不穏な空気、何かを隠した怪し気な職員たち、解けば解くほど深まる謎……。事件の捜査に訪れた連邦保安官テディがたどり着く驚愕の事実とは!?

 

www.youtube.com

 

 これもテディかよ!もうテディという名前がうさんくさいよ!!と思ってくる。笑

レオは今回も水に浸かってました。

 

 

 

人は記憶を美化する

f:id:xxxaki:20181027191732p:plain

 テディが見る夢はすごくきれいなんです。(あれこれギャッツビーだったけ?と思った。)絵からしてカラフルで光も射してて美しいでしょう?これは本当にあったシーンではないかもしれない。

 私たちも昔のことを語るとき、それが幸せだったときほど盛ったりしませんか?あの頃はお金もなかったけど時間だけはあってさ・・・とか語るときの脳内映像って鮮やかな夕日とか、花火とか、そういう美しい背景になってませんか。

 

 故にテディがちょっとおかしいというのは最初の方から分かるんですけど、それでも最後の結末は思い当たらなかった。

f:id:xxxaki:20181027192653p:plain

 そもそも人の記憶はどこからが正しくてどこからが間違ってるなんて誰が分かるんでしょうね?記憶を美化することもあれば、ものすごく卑下することもあるし、目で見た光景をそのまま脳内にとどめておけるのかも謎。

 さらに言えば、同じ写真を見た人間たちの脳が全て同じように認識するのも謎。

 

 でもやっぱり洋画って絵がキレイだ・・・。そこがすごく好き。

なんなの?予算なの?美的感覚なの?レオの映画はいつもキレイ・・・。

 

 

ナチスを殺し、ナチスから学ぶ

f:id:xxxaki:20181027214002p:plain

 テディはダッハウ収容所に乗り込んだ米軍でした。そこで、ナチスたちを撃ち殺します。たぶんこのことですね。

ダッハウの虐殺 - Wikipedia

  なのに、今の自分はナチスたちがやったことと同じ場所にいる。あの時は、自分が救世主であり敵を撃ち殺す側にいたのに、今は自分が殺した監視兵の立場にいる。

f:id:xxxaki:20181027214802p:plain

 あの時、自分は解放軍として収容所にいる人たちを助けに行った。そして助けられなかった命があった。

 

 そして今また自分はそのような場所にいる。前回の収容所のような見るからに分かる悪ではなく表向きは医療をうたっている精神病島に。

f:id:xxxaki:20181027215210p:plain

 結局自分の大切な人達は全て助けられなかった。そして我が国でもナチスと同じことが起きている。なら、自分がやってきたこととはなんだったのだろう?

 そんな悲しみが伝わってきます。

 

 

科学と宗教

f:id:xxxaki:20181027215948p:plain

 この映画宗教はほとんど出てこない(と思う)のですが、ナチスとロボトミー手術が出てきて、最後のテディのセリフを考えると、どれだけ科学が宗教理論を潰していっても宗教は残るだろうな、と思うのです。

 

 科学の力であるロボトミー手術を受ければ攻撃性は失われいわゆる善人になれるかもしれない。

 対して宗教の力というのは、ありのままの自分をいかに善人に近づけるか、というものである。

 

 先進国のほとんどで、良い種だけがあれば優秀な国になれる、問題のない国になれる、そう思って非人道的なことをしてきました。日本だって、障害者の女性に対して強制不妊手術を行ったというニュースがありました。

 

 ゴキブリはすごい嫌いだけど、もしゴキブリを一匹残らず死滅させる薬が出ました!と言われたら、わー!って喜んだあとすぐ「でも・・・大丈夫かしら?」と不安になりませんか?そんな劇薬を作れるところがあるんだ・・・という恐れが潜んでいると思うのです。

 

 自分の嫌なものは避けたい、でもその一方で本当にそれが叶えられてしまったら脅威を抱いてしまう。科学とは自然に害を及ぼすものだから。そして我々は発展を望むくせに本質も大事にしたいのだ。

 だから科学と宗教の間で彷徨うか、その真ん中でいいように摘まんでしまうのが私の理想です。どっちかに振れたら今のところ破滅しか想像できないから・・・。