深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

悪人/吉田修一~信じてくれる人がいると思えれば人は素直になれる~

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≪内容≫

土木作業員の清水祐一は、恋人も友人もなく、祖父母の面倒をみながら暮らしていた。
馬込光代は、妹と2人で暮らすアパートと職場の往復だけの退屈な毎日を送っていた。
孤独な魂を抱えた2人は偶然出会い、刹那的な愛にその身を焦がす。
しかし、祐一は連日ニュースを賑わせていた殺人事件の犯人だった ――。
光代はそんな祐一の自首を引き止め、祐一と共に絶望的な逃避行へと向かう。
やがてその逃避行の波紋は被害者の家族、加害者の家族の人生をも飲み込んでいく。
なぜ祐一は人を殺したのか? なぜ光代は殺人者を愛したのか?
引き裂かれた家族の運命はどうなるのか?そして、いったい誰が本当の“悪人”なのか?

 

映画を観て、すごい作品だと思って小説読んで、「怒り」を読んでまた読み返した。

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当時は最後の「あの人は悪人だったんですよね?」という光代の問いかけに対して、祐一が光代をかばっているのだと確信を持てなかった。

けど、再読してはっきりと分かった事がある。

そしてやっぱり祐一が好きだと思った。

 

祐一×光代

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 「・・・私ね、・・・私、本気でメール送ったとよ。他の人はただの暇潰しで、あんなことするとかもしれんけど、・・・私、本気で誰かと出会いたかったと。ダサイやろ?そんなの、寂しすぎるやろ?・・・バカにしていいよ。でも、笑わんで。笑われたら、私・・・」

 

 

祐一は灯台で私を待っている。絶対に待っている。これまでの人生で、そんな場所があっただろうか。私を待っている人がいる。そこへ行けば・・・。そこへ行きさえすれば、私を愛してくれる人がいる。そんな場所があっただろうか。もう三十年も生きてきて、そんな場所があっただろうか。

私はそれを見つけたのだ。

私はそこに向かっているのだ。

 

探してた居場所は、やっと出会えたと思ったらすぐに無くなってしまった。

この二人、本当に悲しい。

祐一が言うようにもっと早く光代と出会っていたら二人の未来は同じだったかもしれないのに。

 

この物語の被害者「佳乃」という女性は祐一と肉体関係があり、その事を友人に話しているのですが、

 

「なんか、すごいうまいとやんね。 自然に声が出てしまうっていうか、ベッドの上で自由に動かされてしまうような感じ。すごい指の動きとかが滑らかで、(中略)自分では力を入れとるつもりっちゃけど、その人の手が膝に置かれただけで足から力が抜けてしまうっていうか、普通は声なんか出すの、少しは照れるっちゃけど、その人が相手やと、ぜんぜん恥ずかしくないとやん。(後略)」

 

 セックスはいいけど、肉体労働でパっとしない、話がつまらないから嫌と言っています。

「何万円のご飯をご馳走してくれた」とか「BMWに乗ってた」とか「旅館の跡取り息子」とか付属品みたいなものに「愛」を見出してる佳乃。

 

引用文で分かるように祐一は佳乃に対して「愛」を持って接していたんだと思う。

「愛」ってそれぞれですけど、祐一と光代のベッドシーンでの光代の心情も「愛されてる」ときちんと感じ取れているんですよね。

 

祐一は無口で口下手ですが、一生懸命伝えようとしていたと思う。

口より行動の方が本能的だから、物より信憑性あるのに。

 

佳男×鶴田

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佳乃が想いを寄せていた増尾。

事件の夜、佳乃を車から蹴り出した張本人。悪人。

人をバカにして、嘲笑って生きてる人間。

警察に追われていた時も佳男が詰め寄った時も、ビビる癖に後日談は取り巻きに英雄ぶって話すつまらない男。

そんな男の親友が鶴田

 

鶴田は佳乃の父・佳男と出会い心を揺さぶられる。

 

俺、それまでは部屋にこもって映画ばっかり見とったけん、人間が泣いたり、悲しんだり、怒ったり、憎んだりする姿は、腐るほど見とったっちゃけど、人の気持ちに匂いがしたのは、あのときが初めてでした。

ちゃんと説明できんとが自分でも悔しいとやけど、あのお父さんが増尾の足に、必至にしがみついとる姿を見た瞬間、なんていうか、今回の事件がはっきり感じられたっていうか・・・。

 

増尾の元へ案内する鶴田に佳男は言う

 

「今の世の中、大切な人もおらん人間が多すぎったい。大切な人がおらん人間は、何でもできると思い込む。自分には失うものがなかっち、それで自分が強うなった気になっとる。失うものもなければ、欲しいものもない。だけんやろ、自分を余裕のある人間っち思い込んで、失ったり、欲しがったり一喜一憂する人間を、馬鹿にした目で眺めとる。そうじゃなかとよ。本当はそれじゃ駄目とよ。」 

 

光代が祐一の自首を引き止めたことは、光代のワガママだしするべきことじゃなかったと思う。

自首が早ければそれだけ罪も軽くなるかもしれないし。

二人の逃避行を「ああいう男と一緒にいるのは似たようなああいう女」みたいに何にも知らない部外者に解釈される。

 

世の中には理屈とか損得とかそんな事も考えられない程余裕がなくなる時がある。

でも生きてる人間全てに起こることかというと違う。

それは真剣に生きてる人間にしか起こり得ないことで、それを馬鹿にすることは誰にも出来ない。

馬鹿にしてるつもりで「俺は空っぽな人間でーす」と言ってるようなもん。

 

真剣に生きるって惨めでかっこ悪くって周りの人から冷たい目で見られることだってあるかもしれない。

 

それでも光代が言ったように何をしてたかも分からない一年より、大切な人との一日を選びたいと、そう思えるような相手がいるということこそ、最高にかっこよくてかけがえのない宝物だと思う。

 

祐一

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幼少期に母に捨てられた祐一。

 

これまで寂しいと思ったことはなかった。

寂しいというのがどういうものなのか分かっていなかった。

ただ、あの夜を境に、今、寂しくて仕方がない。

寂しさというのは、自分の話を誰かに聞いてもらいたいと切望する気持ちなのかもしれないと祐一は思う。

これまでは誰かに伝えたい自分の話などなかったのだ。

でも、今の自分にはそれがあった。

伝える誰かに出会いたかった。 

 

 

ただ、もし馬込さんに会うてなかったら・・・。

もし、あの人に会うてなかったら・・・。

あの晩、石橋佳乃さんに、「警察に通報してやる!」って叫ばれたとき、どんなに嘘だって俺が言い張っても、誰も信じてくれんような気がしました。自分の言葉が、世界中の誰からも信用されんような気がしたんです。

だけん、自分がしてしまったことを、心のどこかで素直に認めきらんやった・・・。だけん、逃げるような卑怯な真似をしてしもうた・・・。

でも、今は違うんです!

俺の言葉を信じてくれる人はおる。それが分かったんです。

だけん、今は言えるんです、自分が殺人犯だって。

佳乃さんを殺して、馬込さんを連れて逃げた殺人犯だって、・・・堂々と言えるんです。 

 

 祐一は逮捕後、光代は金ヅルで誰でも良かったと証言している。

 佳乃を殺すつもりはなく助けるつもりだったのに、ヒステリーになった彼女から「レイプされたと警察に言ってやる!」と叫ばれ、黙らせる為に殺してしまった。

 

 もしこの時、彼に信頼しあえる人がいたなら彼女が警察に嘘の証言をしても堂々と「やっていない」と言えた。

 でも光代に出会うまで彼には自分の言葉は誰にも信じてもらえないと思ってた・・・。

 

祐一が何故、光代との逃避行の内容を全て悪意を持って行ったことにしたのか。

それは、彼の中で白か黒かしかないからです。

被害者がいるなら加害者がいて、どちらも被害者とかどちらも加害者という考えはないのです。

光代と祐一が二人ともに共犯になることはない。

欲しくもない金を母にせびって、母を被害者にしたように。

 

母に捨てられた自分が被害者だと思っていたけど、自分の前で泣きじゃくる母を見て母が被害者なんだと思った。

だから加害者になろうと思った。

 

信じてくれる人がいないと思ってた時、悪人にならざるを得なかった。

でも、信じてくれる人がいるって思えた時、悪人になろうとしてなった。

 

光代は出会い系で会う女なんか本気で好きになれないよね?って、好きなら首絞めるはずないよね?って、だから祐一の証言はその通りで悪人なんだよね?ってなるんですが

 

そこは読者にも分らなくって、祐一を知っている光代にしか分からないわけです。

 

自分が愛した人が、自分の目を見て囁いてくれた言葉を信じるのか

誰とも分からない記者に話した言葉を信じるのか

目の前の人を信じるのか

その人の過去を信じるのか

 

 

妻夫木くんって爽やかなイメージであんまり好きじゃなかったんですが、悪人から一気に好きになりました。

今はグリコのCMとか大好きです。

「怒り」と同じで「悪人」も「信じる」がテーマだったんだなーって再読して気付きました。

たまには再読もいいですね。

悪人(上) (朝日文庫)

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悪人(下) (朝日文庫)

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