≪内容≫
藤子・F・不二雄を「先生」と呼び、その作品を愛する父が失踪して5年。高校生の理帆子は、夏の図書館で「写真を撮らせてほしい」と言う一人の青年に出会う。戸惑いつつも、他とは違う内面を見せていく理帆子。そして同じ頃に始まった不思議な警告。皆が愛する素敵な“道具”が私たちを照らすとき―。
さてさて、このお話。
私はかなり好きです。
少し・不在
主人公の理帆子は自分のことをどこにも居場所がない=「少し・不在」と表現しています。
誰とでも仲良く出来て、相手が欲しい言葉を察して使う事が出来る。
「相手が欲しい言葉が分かってしまう人」は「自分の言葉」と「相手が欲しい言葉」の二つの選択肢が出来てしまうが故に自分を見失うことがあります。
本心はもちろん「自分の言葉」だけど、「相手が欲しい言葉」を選べば、相手を喜ばせたり笑わせることが出来る。
相手が笑えば自分も嬉しいからどんどん「自分の言葉」が薄れていく。
本心は誰に聞いてもらえばいいんだろう?
「自分の言葉」を捨てて「相手が欲しい言葉」を選んできて、そうやって上手く立ち回れてるってことは「自分の言葉」なんていらないんじゃないか。
誰も必要としてないんじゃないか。
だから、彼女は元彼と曖昧な関係を保ち続ける。
ねぇ若尾お願い。
私を好きだと言って。
もう一度やり直したい。優先順位は、夢より私が上で、私を手放したくないと言って。
夢が叶わなくても、私がいるなら折り合いがつけられると、そう囁いて。
だってあんたの夢は、形骸化してもうボロボロだ。
言葉や思考で若尾をどれだけズタズタに貶しても、ここは変わらない。
思い知って、涙が出そうになる。私は見苦しい。
お願い、若尾。
どうか、私を欲しいと言って。
そしたら絶対に助けてあげるから。
お母さんも友達もみんなバカ。
元彼の若尾は逃げてばっか、言い訳ばっかでどうしようもないヤツ。
・・・だってそう思ってないと、傷付くかもしれないから。
お母さんの本心も友達の本心も若尾の気持ちも、分からないから。
自分が必要とされてないかもって薄々思ってても、それが本当だったら、もし本当に求められてなかったら自分が相手に求めたりなんかしたら傷付くじゃない。
だから、私からは求めない。
相手に居心地のいい場所を作ってあげる。
だからそっちから必要としてよ。
「私が欲しい」ってそう言ってよ。
あなたは裏切るかもしれないけど、私は裏切らないから。
という感じに思います、理帆子。
彼女は他人を気持ちよくさせているようで、本当は他人に気を使わせている。
だけど、彼女は闇の中にいるからそれが見えない。
元彼はストーカーになっていくのですが、周りからの助言をことごとく無視します。
人は自分に都合のいい所しか見ないとはまさにこのこと。
彼女も元彼に依存してたんですね。
彼が居れば自分は不在じゃなくなる気がして。
彼に「カワイソメダル」をぶら下げ続けさせたのは理帆子自身です。
この二人の「カワイソ合戦」に終止符を告げるのが郁也という小学四年生の男の子だった。
郁也
父が失踪してからの生活、金銭面で援助してくれたのが父の友人の松永だった。
そして郁也は松永の不倫相手との子供。
理帆子の父は郁也にこんな呪いをかけていた。
君はこれから先、何も望んではいけないし、期待してはいけない。
本当に君を必要とする人間が現れるまでの間、決して何も欲しがらず、苦しいことにも全部耐えなければならない。絶対だ。
そしてピアノを続けなければならない。
大丈夫、君の才能と僕とのこの約束があれば、それだけで君のお父さんは絶対に君のことを捨てない。
お父さんは君のことを必要とするようになる。
この呪いが郁也の声を奪った。
郁也は悲しみも喜びも言葉にしなかった。
若尾が郁也を誘拐し、理帆子が郁也を見つけるまで。
理帆子という、自分を必要とする人間が現れるまで。
テキオー灯
五年前に失踪した父・芹沢光と突如理帆子の前に現れた別所あきら。
婿養子になり、芹沢姓になった父の本名は別所光。
一学年上の別所あきらは理帆子にだけ見えていた父の姿だったのだ。
『テキオー灯』
二十二世紀でも、まだ最新の発明なんだ。
海底でも、宇宙でも、どんな場所であっても、この光を浴びたら、そこで生きていける。息苦しさを感じることなく、そこを自分の場所として捉え、呼吸ができるよ。
氷の下でも、生きていける。
君はもう、少し・不在なんかじゃなくなる。
道具の名前を忘れるなんて理帆らしくなかったね。『のび太の海底鬼岩城』。理帆が大好きだった映画だ。有効期限があるから、注意して。この光の効力が続くうちに、自分の力でどうにかするんだ。大丈夫、君なら必ずそれができる
いつも君を思ってる。
僕も汐子も、君のことが大好きだ。
世界中の誰が駄目だと言っても、僕らは言い続けるよ。
理帆子は、誰よりもいい子だ。
藤子先生みたいになれなくて、ごめんね。
芹沢光が撮った流氷の写真。
氷の下に閉じ込められたくじらの親子のニュース。
学校から帰ってきて、急いでテレビをつけた。
そうしたらもう、顔を出すのは二匹だけで、一匹がもう息継ぎをしなかった。そのすぐ後に、後を追うようにもう一匹。
最後の一匹は、仲間が沈んだ海で孤独に耐えた。息が出来ないのに。
最後の一匹のところに行きたかった。
どうしてそんなに感情移入したのかわからないけど、傍に行きたかった。弱っていくのを見てられなかった。どうにかしたかったんだ。
凍りのくじら。
二匹が死んだあと。
最後の一匹を助けたくて。
孤独に耐えなくてすむように。
息継ぎがちゃんと出来るように。
氷の下でも、生きていけるように。
母の最後になるであろう外出がダメになって、悔しくて悲しくて、泣きつきたかったのに出来なかった。
親しい友人に、母の病気のことを相談出来なかった。
みんなのことが大好きなのに、大好きと言えなかった。
ずっと苦しかったろうと思う。
だけど、テキオー灯を浴びて自分の言葉を取り戻して、理帆子はこう言ったのだ。
私、郁也と一緒にいてもいい・・・?
この物語に幾つもの願いが重なっていて、色んな想いが交錯してる。
私は「どくさいスイッチ」の話で、このひみつ道具はのび太くんが最後に後悔をするって信じてるから成り立つアイテムなんだっていう部分で胸がいっぱいになってしまった。
人を信じられないから成り立たなかった関係が、信じることで成り立つようになる。
テキオー灯の効果は無限じゃないから、効力が続くうちに自分でなんとかするんだ。
これだって、相手がなんとかできるって信じてるから成り立つアイテムじゃないか。
私たちの生活で「相手を信じてるから成り立つアイテム」って何だかたくさんあるんじゃないかと思えてきた。
そしたら世の中はひみつ道具で溢れているんじゃないか。
ドラえもん。
一番好きなのは「帰ってきたドラえもん」
のび太がその時必要なものが出てくるという箱を置いて帰ってしまう。
のび太はその箱を開けずに頑張ろうと思うが、ジャイアンとスネ夫の「ドラえもんが帰ってきた!」と残酷な嘘をついてのび太を騙す。
怒ったのび太はついにその箱を開ける。
そしてその時必要と出てきたのは「ウソ800」。
これを飲んで喋ると喋ったことが全部ウソになるという道具。
早速ジャイアンとスネ夫にウソで復讐をするが、虚しくなってやめるのび太。
そしてそのまま「さよなら、ドラえもん」と呟くのだった。
この話もまた、ドラえもんとのび太の切っても切れないほどの絆を感じます。