≪内容≫
1972年夏、キクとハシはコインロッカーで生まれた。母親を探して九州の孤島から消えたハシを追い、東京へとやって来たキクは、鰐のガリバーと暮らすアネモネに出会う。キクは小笠原の深海に眠るダチュラの力で街を破壊し、絶対の解放を希求する。毒薬のようで清々(すがすが)しい衝撃の現代文学の傑作が新装版に!
文学って暗いものじゃなくて、光を差してくれるものなのかもしれない。
最近、そんな風に思っています。
キク
コインロッカーベイビーの生き残り、キクとハシ。
私はキクが好きです。
キクは美しいんです。
私の考える美しさは、顔が綺麗とかスタイルがいいとかそういうことではなくて、矜持を持っているか否か。
キクが飛び越えようとしている姿が強くたくましくて「キク!頑張れ!負けるな!!」と思って読んでいました。
自分の欲しいものが何かわかっていない奴は石になればいいんだ、あのあけびの女王は偉いよ、だって欲しいものが何かわかってない奴は、欲しいものを手に入れることできないだろう?
石と同じだ、あのバカな娘はずっと石のままだったらよかったんだ。
欲しいものがわかっていなきゃ、手にしたって気付かずに捨ててしまうかもしれない。そして、捨ててからでは遅いのだ。
母親が不必要と思ってコインロッカーに赤ちゃんを捨てた瞬間から、もう二度と欲しがっても、戻ってこない。
閉ざされたコインロッカーから世界に向かってダチュラを放つキクは美しい。
諦めることのほうが簡単で、用意されたマニュアルに従って生きていれば、誰にも咎められず、ときに優しさを貰ったりして"何となく"生きていける。
「島の恥だ」なんて言われずに生きていくことも出来た。
だけど、そういう生き方は、自分を自ら閉じ込めるような生き方は、あの日の無力な赤ん坊だった自分を思い出させる。
赤ん坊や子供が無力な存在であるという当たり前のことが許せなかった。
今はもう、赤ん坊でも無力な存在でもないのに、なぜ閉じ込められて生きていかなければならないのか。
世の中の大半の人間が、鳥かごの扉が開いているのにそこから出ようとしない小鳥になりたがっているんじゃないのか?ってことを村上さんが言っているように感じた。
責任に脅えていつまでも飛び立とうとしない。
それは飛び立たなくても生きていけるからだ。
コインロッカーに閉じ込められたキクには分かる、そこから出なければ死ぬだけだということが。
私はこれから一歩踏み出そうとする度にキクを思い出すだろうと思う。怖くて、踏み出したくないときの方がたくさんあるから。
死なないし、傷付くくらいなら今のままでいいって甘えてしまう自分がいる。
キクは教えてくれる。
そこから出なければ死んでしまうような鳥かごがあることを。
ダチュラを振りまくキクのオートバイを追いかけるために、一歩を踏み出すのだ。
ハシ
キクの弟分であるハシ。
繊細で、人の心に敏感で、やさしいハシ。
彼はあの日の音を求めて歌手になりました。
「お前だけじゃない、みんなそうだ、裸になって皮膚も剥いで肉を削って何もかも晒け出してみたら、そこには何も無い、ドロドロしたものがない、プラスチックみたいにツルツルして薄っぺらなものがあるだけなんだ、(中略)
その女の体の中心にはその叫びがあるんだよ、俺にはそんなものはない、ハシお前にはあると思ってた、お前はコインロッカーで叫びをあげたんじゃないのか?
俺は、お前の体の中心にその叫びがあるんだろうと思ってたよ」
キクが世界を飛び越えようとしているのとは反対に、ハシはずっと調和を望んでいた。誰かに必要とされたい、ハシといると楽しいよってハシの歌に救われるよって、誰かのためになりたいと思っていた。
「誰かのために」行うってことは自分の主張がないとも取れる。
求められる人間になろうと思って生きることは、求められなきゃ存在価値がないのと同義語になってしまう。
ハシは求められようとするあまり自分を見失っていく。
人気絶頂まで行くが精神病院に入ってしまう。しかし、そこでハシは見つけた。
もう忘れることはない、僕は母親から受けた心臓の鼓動の信号を忘れない、死ぬな、死んではいけない、信号はそう教える、生きろ、そう叫びながら心臓はビートを刻んでいる。
筋肉や血管や声帯がそのビートを忘れることはないのだ。
あの日、キクと一緒に聞いた心臓の音。
それを見つけたハシは新しい歌を歌い出す。
ハシはキクのように運動が出来なかった。
身体能力の差というものは男子ならどこか劣等感を感じるものかもしれない。
だからこそ、キクとは違うやり方で世界と繋がる方法を探した。
普遍的に生まれたものが皆叫びがなく空っぽだとは思わない。
でも叫ばずに生きてこれたなら、叫ぶってことは淘汰されていくと思う。
叫びたいこと、ほんとうは心の底に誰もが持っているんだと思う。
いつからか叫ぶことを忘れてしまうのは、そばにいてくれる人や愛を感じられるようになるから。
ハシにそんな日が訪れるのは近い気がする。
アネモネ
あたしは鰐の国の使者なのよ。
ディズニーランドに四つの国があるように、脳には三つの国があってね、運動の国、欲望の国、考える国、欲望の国の王様は鰐なの。
運動の国の王様はヤツメウナギで考える国の王様は死人よ。
キクはこの町をメチャクチャに食い千切るために生まれてきて、アネモネはキクをずっと待っていたという。
アネモネはキクと正反対の生まれで、スーパーマーケットの中で生まれたと友人に言われています。
閉じ込められてたまるもんか!という反骨精神のキクと、生まれてからずっと変わらない景色に飽き飽きしていたアネモネ。
退屈で何もかもつまらなくってぶち壊してしまえ!という破壊衝動の象徴がアネモネの役割なのかな。
キクの計画はアネモネ無しではどうにもならないし、アネモネはキクがいないと退屈で死んでしまいそうだし、なんだかんだ一人で戦っているのはハシなんですよね。
まぁ自分からキクと離れたのですが。
アネモネの花言葉は「君を愛す」。
キクがダチュラを諦めずにいれたのはアネモネがいたからだと思います。
アネモネから無償の信頼と愛を感じることで、ひたすら前を向ける。
まじめな女の子には魅力がないから、あたしはまじめになりたくないわ。
どこまでも誠実にぶっ壊す道を目指す彼女はまじめだな、と私は思ってしまいます。
テキトーにふらっと遊んでふらっと勉強したつもりになっている人間こそが不真面目で、目的が何であれ、目指す場所を掲げ、そこに全力で打ち込む姿は見てて気持ちがいい。
金原ひとみさんの解説も好きです。
普通に読者の感想っていう印象だけど、素直に思ったことを書いていて、やっぱり作家さんだからか、分かる!って表現がたくさんあったし、自分では思い付かなかった視点もあって、二重に楽しめた気がしました。
生まれていてもいなくても同じような、最初からなかった存在として消えるのは嫌だ。