≪内容≫
私は内気な女子です――無言でそう訴えながら新しい教室へ入っていく。早く同じような風貌の「大人しい」友だちを見つけなくては。小学五年の律(りつ)は目立たないことで居場所を守ってきた。しかしクラス替えで一緒になったのは友人もいず協調性もない「浮いた」存在の塚本瀬里奈。彼女が臆病な律を変えていく。(講談社文庫)
村田さんの作品に多く出てくる言葉に「清潔」という言葉があるのですが、村田さんの作品の清潔という言葉にはどこか「潔癖」さが付属されている気がして、すこし冷たく感じていたんですが、本作はとても暖かかった。
逆に異色な気がします。
マウス
(mouse。ハツカネズミ、小ネズミ・・・臆病者。内気な女の子・・・)
主人公の律は内気な女の子。
人を不快にさせるのが嫌で、真面目。
だけどそんな気真面目なところが他人からしたら「つまらない」んだろうと自覚はしているものの、どうしたらいいか分からない。
小学校で同じクラスになった塚本瀬里奈は、手足と髪が長く、いつも一人で空想しているようで気味悪がられていた。
突然泣き出すので、授業が中断したり、近くにいた男子が叱られたりしてクラスメイトからの評判も良くなかった。
しかしどこか惹きつけられた律は瀬里奈が泣いて走っていった後を追いかけてみた。瀬里奈は旧校舎の女子トイレの掃除用具入れに入っていた。
彼女はそこで自分だけの「灰色の世界」に行っていると言う。
律はそんな彼女に腹を立て、「くるみ割り人形」をドアの外から読んで、彼女が灰色の世界に行くのを阻止しようとする。
律の作戦は成功し、瀬里奈は次の日から「くるみ割り人形」のマリーとなって現れた。そこには今までのすぐ泣いて自分の世界に閉じこもろうとする瀬里奈はいなかった。
元々手足が長く、顔立ちも良かった瀬里奈はどんどん華やかなグループへ転身していった。彼女自身が望む望まないに関わらず、周りが放っておかない。
瀬里奈と律はお互いを特別に思いながらも、離れていく。
いい子ちゃん
「律はさー、いっつも真面目で、ミスも少なくて偉いよね。偉すぎて、律といっしょに入ってると、ちょっと緊張する」
「あ、私も」
一つ上の女の子も、フライドポテトをつまみながら頷いた。
「少しのミスも許されない感じだよね」
「そうそう、今日も俺がつくったドリンクのラベル、全部貼りかえてあったし」
「あれは、だって、書き方がマニュアルと違ってたから、直しただけだよ」
そう言うと笠原さんが笑った。
「そんなにきちんとしなくても、時間のとこさえはっきり読めればわかるから大丈夫だって」
「ちょっとでも間違ってると、全部直しちゃうんだもんなー。真面目なのはいいけど、傷つくよな」
そう高島君がいい、皆が笑った。
私も反射的に笑ったが、何が可笑しいのかよくわからなかった。
大学生になった律はファミレスでバイトをしていた。
バイト仲間との飲み会での悪気のないトークです。
言われたことを守ると「へぇ~真面目だね。」「すごいね。」と言われ、守らないと「話聞いてた?」「なんで自己流でやっちゃうかな」とか言われたりする。
こういうとき、真面目にもならず、まぁここまでならいっかと許される加減を心得ているのが"要領のいい人間"だと思っています。
私は、律を擁護したい気持ちと、他のメンバーの息苦しさの同意が半々です。
「いい子ちゃん」で検索すると結構ネガティヴな情報が出てきて、色々悩んでいる人がいるんだな~と思いました。
私がなぜ息苦しいと思うかと言うと、そこに本人の意思が見えないからなんですよね。
「だって決まりだから」「マニュアルに書かれていたから」「そういう法律だから」
うん。正しい。
正しいことをしているのに、好かれない。
なぜかというと、人は正しいことだけじゃ生きていけないからなんだと思います。
文学でも多いじゃないですが、不倫とか変態的な恋愛思想とか、裏切りとか諸々・・・そういう"人の業"みたいなのがいわゆる「人間らしさ」であり親近感なんだと私は感じています。
律のように、ただ世界のルールを守っているだけの善き人間の行いは相手の業を炙りだしちゃうんだと思います。
律だってそんなことをしたいわけではないですが、相手が勝手に「あぁ自分ってこんなにダメなんだな」と傷つくのです。
どうせ私は臆病だ。
人目ばかり気にしてる。小さいころからずっとそうだ。瀬里奈が正しい。それがむしょうに腹立たしい。我儘で、自分勝手で、常識知らずなのに、個性的だねと言われて、受け入れられていく。
私は駄目だ。
いくらがんばっても、怖がって枠組みを出られない、つまらない女の子なのだ。
律は自分のことをこう分析しています。
実際に我儘で、自分勝手な人間って好かれていると思います。
需要があるんです。
「こんな我儘で、自分勝手な人と付き合える私って心が広い」
「常識知らずの子といると、なんでもすごいと言って褒めてくれるから自分が偉くなったような気がして気分がいい」
「自分勝手な人っていっても私にだけいつも我儘言うってことは、とても心を許してもらえていると思う」
とかね、他人を肯定出来るんですよ。
でも、律のような真面目は否定になってしまう。
嫌いという好き
「律のほうが、馬鹿だよ。律なんて大嫌い。私、嫌いな人っていないの。誰のこともどうでもいい。でも律のことは大嫌い」
律が瀬里奈に大嫌いと言ってから、しばらくたって瀬里奈から律に大嫌いという報告がありました。笑
もうね、なんだかここからは微笑ましい限りでした。
瀬里奈は人に媚びることをしません。
クラスで一人でも気にしないし、他の子から興味を持たれても「へえ」くらいの態度です。孤立しないように奮闘する律からしたら我儘で、自分勝手で、常識知らずなのに、個性的だねと言われて、受け入れられていく。という存在。
真逆だからイライラする。
分かり合えない、愚痴も「だよね、わかるよ」なんて聞いてくれない。「なんで?好きにしたらいいじゃん」というような返答で、常に人目を気にする律からしたら無神経な言葉です。
でも、そこで分からないのに「わかるよ」って言うんじゃなくて、自分の意見と違うときはちゃんと言う、ということで瀬里奈は精一杯、律に体当たりしていました。
向き合うっていうのは簡単じゃなくて、こういう亀裂があるからこそなんだよなぁ、と思います。
何でもかんでも自分の意見を押し通すって意味じゃなくて、相手を思って「どうしてそう考えてしまうの?」と言うこと。
「律は何でも、先周りして、怖がってばっかりでしょ。小学校のころから。もっとどんどん行動してもいいと思うのに」
「私が、いつ、そんなだった?」
「だって、五年生のとき、本当は律は家を出たかったんでしょ。あのまま二人で遠くに行くのかと思ったのに。『じゃあ、門限五時だから』って帰っていくから、びっくりしちゃった」
「私は、親に心配かけない範囲で、息抜きしただけだよ。家でなんかじゃない」
「息抜きしなきゃいけないほど、苦しい場所から、どうして出ようとしないの?」
「あのとき、私、小学生だよ。出れるわけないじゃない」
「何でわかるの?やってみたら、できるかもしれないのに。それに、今はそんなにバイトしてるんだから、今日、今、これからだって、出れるでしょ。なんで我慢するの?」
「瀬里奈は、外の世界との接触を絶って生きてるから、常識がないんだよ。協調性がぜんぜんない。瀬里奈のそういうとこ、すごくきらい」
「協調性って?高いとえらいの?協調するってそんなにいいこと?」
自分のことなのに、いや、自分のことだから蔑ろにしちゃったり、一歩踏み出せないことって山ほどある。
人って意外と一人じゃ充実しないんだなぁって最近気付きました。
律の抜けだしたい願望も一人じゃ弱い。だけどそこに瀬里奈がいて背中を押してくれたから、嫌いになったのだと思います。
たぶん、その嫌いの半分は自己嫌悪なんですよね。
村田さんの作品は大体男女の話だったので、こういう親友の話が読めるとは思っていなかったです。
親友ってこういうことだよなーと思える描写がたくさんあって、すごくほっこりしました。
親友ってほんとに大事。