≪内容≫
ある朝。晴之の目の前に、交通事故で昏睡状態にあったはずの恋人の咲が突然現れる。"時間を、もらったのね。1週間"そう告げると、いつものように弁当を差し出した。その期限を迎える時、咲はどうなってしまうのか。あたりまえだった2人の日常が、特別な時間に変わっていく。
これprimeですっごい評価がよかったのと時間が100分切ってたので、軽い気持ちで見てみたら・・・やっぱり邦画もいいね・・・。
流されるというやさしさで大切な人は笑うのか
この映画自体はすごく素敵でした。
だけど、主人公のこの男性の生き方というか・・・うーん日々の過ごし方?には全くみじんも共感できなかったんですが、たぶん結婚したこの女性はそういう部分も愛していたと思うので、そこら辺について考えて見たいと思います。
この男性、会社ではほかの女性にもアプローチされてるし、モテてるんですよね。
だからたぶんモテる要素のひとつにあるノリの良さがいわゆる流されることができるということになるんだと思います。
それと、人を糾弾しない優しさとか、受け入れてもらえそう!と思わせる隙とか、そういうものもあります。
だから、他の人が困ってたらその困りごとを引き受けちゃうんですよね。
ここで引き受けなかったときの場の空気とか雰囲気とか、渡してくる相手のこととか、そういうことを思って引き受けてしまうんだと思うんですが
私は、そういうその一瞬を守ることで、本当に大切な人を傷つけるのが嫌なんです。
その場の空気が悪くなろうが、雰囲気が底辺に落ちようが、知ったこっちゃないってわけじゃないですよ。そこに、私の大切な人が含まれてるなら私も引き受けるけど、含まれていないなら断ってしまう。
だって、その一瞬を私が守らなくても、その一瞬後には選ばなかった世界が展開されてくじゃんって思っちゃうんですね。
でも、そういう誰にでも優しい人だから、好きになった。みたいな文言ってよく見ます。実際、自分と無関係な人ならステキな人だと思うと思う。
主人公は、謝るのが口癖ですよね、って言われるくらい「ごめん」が頻出します。
その場の空気を壊したくない、関係を壊したくない、相手を傷つけたくない、その場をやり過ごしたい、争いを避けたい・・・そんな「ごめん」に聞こえます。
毎日をそうやって「ごめん」で切り抜けることができても、本当に大切な人を引き止める言葉は「ごめん」じゃ無理だ。
穏やかな雰囲気で女性も「責めるために一週間貰ったんじゃない」と言うので、深刻なエンドではなかったですが、個人的には強烈なバッドエンドに思えました。