深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】しゃぼん玉~一人で生きるなら生まれた意味あんのかなって思ってくる映画~

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≪内容≫

 親の愛情を知らずに育ち、女性や老人だけを狙った通り魔や強盗傷害を繰り返してきた伊豆見翔人(林遣都)。
人を刺し、逃亡途中に迷い込んだ宮崎県の山深い椎葉村で怪我をした老婆スマ(市原悦子)を助けたことがきっかけで、彼女の家に寝泊まりするようになった。
初めは金を盗んで逃げるつもりだったが、伊豆見をスマの孫だと勘違いした村の人々に世話を焼かれ、山仕事や祭りの準備を手伝わされるうちに、伊豆見の荒んだ心に少しづつ変化が訪れた。
そして10年ぶりに村に帰ってきた美知(藤井美菜)との出会いから、自分が犯した罪を自覚し始める。
「今まで諦めていた人生をやり直したい」――決意を秘めた伊豆見は、どこへ向かうのか…。

 

 これ人生で一回は見てほしい映画。

声を大にして言う。もっかい言う。これ人生で一回は見てほしい映画。分かんないんだけど、私はおばあちゃんとかおじいちゃんとか疎遠だったからこんな記憶ないんだけど、なんかすっごい泣けてくるんです。しかもなんてこたーないシーンで。ばあちゃんがお弁当持って玄関から出てくるだけで。一人で畑に立ってるだけで。なんでだろう。遺伝子の成せる技なのだろうか。

 

誰かと生きること

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しゃぼん玉みてえなもんかな
風に吹かれてふらふらするしかねえ
自由なんかじゃねえよ
帰る場所がねーだけだよ

  親の愛情を受けず、弱いものから奪う人生を送ってきた伊豆見は、逃亡中に転倒したスクーターを見つける。足がなかった伊豆見はスクーターに乗り逃走しようとするが、そばの林の中から乗り手らしきお婆ちゃんが助けを求めているのに気付く。

 「知らんがな!」と逃げようとするが、足から血を流している老婆を放っておけず自宅まで連れて帰る。

 

 伊豆見が何者か全く知らない老婆・スマは伊豆見を「坊」と呼び、命の恩人として伊豆見の世話を焼く。スマは夫に先立たれ、息子とも疎遠になっており、一人山奥で暮らしていたのだった。

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  人から金を奪い生きてきた伊豆見だったが、スマの元では奪うより先に与えられてしまった。当たり前のように伊豆見の分もごはんを作るスマ。お茶碗にごはんをよそい、日本酒のお湯割りを注ぐ。

 スマだけでなく、スマの友人たちもみな、伊豆見が何者なのかも気にせず勝手に世話を焼き、伊豆見にコミットしてくるのだった。

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 母なるやさしさはスマが、父なる厳しさはシゲ爺が与えてくれた。あと犬。

 

 とはいえ、逃亡中の伊豆見である。そんなに簡単に人間は変わらない。スマの家に隠してあった大金を発見した伊豆見はそれを手にしてしまう。しかし、そこにスマの本当の息子が帰ってきて・・・。

 

 この映画どこを切り取っても泣けてくる。

 たった一度の人生だからさ、別に一人で生きていこうがいいと思うわけですよ。結婚結婚言うけどさ。人のために生きるとさ、結果人のせいにする日が来ると思うしさ、そんなんだったら一人で生きた方が楽だし話は早いじゃん、誰かを恨んだり恨まれたりしなくていいじゃん、って思う日が8割なんですけど、それでもこういう映画見るとね、残りの2割がグワーーーーーって燃え上がるんですよね。

しゃぼん玉

しゃぼん玉

 

  一人で生きるなら生まれた意味あんのかなって思ってくるというか。

 人のせいにしてしまうかもしれない恐怖とか、人と関わることで生まれる負の感情を受け止める覚悟っていうか、決意っていうか、そういうものをかかってこいや!って言いたい2割がすごく強くなってしまう。私はその2割が怖い・・・。