≪内容≫
自分の夫の毒殺を計ったテレーズは、家の体面を重んじる夫の偽証により免訴になった が、家族によって幽閉生活を強いられる。絶対的な孤独のなかで内なる深淵を凝視するテレーズは、全ての読者に内在する真の人間の姿そのものなのだろうか―─遠藤周作がノーベル賞作家フランソワ・モーリアックと一心同体となって、昂揚した日本語に移しかえたフランス文学の不朽の名作。
これは・・・穏やかな話じゃないですね。訳者の遠藤周作さんは、沈黙ーサイレンスーで知ったのだが、「深い河」は宇多田ヒカルの「DEEP RIVER」の大元というではないですか。
- アーティスト: 宇多田ヒカル
- 出版社/メーカー: EMIミュージック・ジャパン
- 発売日: 2002/06/19
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そしてその遠藤周作氏が語るのは本作。テレーズ・デスケルウです。これは確か河合隼雄さんとの対談か何かで知ったんです。私は結構分かる部分が多かったです。テレーズの気持ち。
自我が強い女
でもどのように説明したらいいのだろう。わたしは今、自分のことでいっぱいだということを。心を占めているのは自分のことだけだということがわかってもらえないのだから。アンヌは彼女の母親や家の女のように、子供のために身をつかい果たすような女なのだから。・・・でもわたしは、どんなときでも自分を見失うまいとし、自分をみつけずにはいられない女なんだ。
(中略)
家庭的な女たちはすすんで自分を捨てようと願っているのだ。子孫のために身を粉にするということは美しい。わたしだって、おのれをむなしくするこの行為の美しさはわかる。でもわたしにはできない。わたしには・・・
この作品のすごさは、内容ではなくやはり「言葉」だと思う。人はコミュニケーションにおいて独特の言葉にならない虚しさなり悲しみなりを感じることがあると思う。浜崎あゆみの素晴らしさというのは美貌や歌声はもちろんだが、何よりも歌詞であり表現だった。
ひとりぼっちで感じる孤独より
ふたりでいても感じる孤独のほうが
辛い事のように(浜崎あゆみ/ SURREAL)
小学生だった私はどうして一人が寂しいから誰かといるのに、ふたりでいてもさみしくなるんだろう?どうしてそっちの方が辛いんだろう?と思っていた。
大人になると痛いほど分かるが、分かってほしいと思っている内は分かってもらえる可能性を秘めているのでまだ希望の光を感じる。だが分かってほしいと勇気を出して踏み込んだ先の無理解ほどキツイものはないのだ。
そこには、ただ分かってもらえなかった、というだけで済まない独特の高低差がある。やはり自分が選んだ人には過大な期待を寄せてしまうから。むしろ期待しないなら二人でいようとしないのだった・・・。人ってほんともう・・・。
テレーズは夫が憎くて毒を盛ったのではなく、理解してほしかったのだ。典型的な女の一人として自分を見るのではなく「テレーズ」という一人の人間を。
わたしはただ人形のように生きたくなかったんです。身ぶりをしたり、きまりきった文句をいったり、いつもいつも一人のテレーズという女を殺してしまうようなことをしたくなかったんです。ねえ、ベルナール、わかるでしょう。わたしは本物でありたいと願ったんです。でもどうしてわたしがあなたにおはなしすることはこんなにそらぞらしくきこえちゃうんでしょう。
でもどうしてわたしがあなたにおはなしすることはこんなにそらぞらしくきこえちゃうんでしょう。
これ。これよこれ!これなのよ!ともう鼻息荒くモーリアーーーーーック!と叫びたくなる終盤でした。
口に出す前はものすごいひらめき、ものすごい愛情、真剣でこれ以上ないほど誠実だったはずの想いが、自分の中から出ていった瞬間自分自身驚くくらい浅はかに聞こえることってありますよね。
特にね、私はしてもいない浮気を責められて反論しているとき全くしてもいないのに自分の返答の白々しさからもう無理だと思いましたね。(え?いや何で?やだなーほかに好きな人なんかいるわけないじゃん(恥ずかしくて言いたくないのでドもって誤魔化してる感強))全く事実無根なのにね。ただ相手の思い込みが巧妙に作り込まれていたから真実が嘘っぽくなっちゃうの。だって真実だからさ、そんな言うことないんだもん。当たり前のことだし日常過ぎていちいちアリバイも作ってないしさ・・・。
書いてて思ったけど、当たり前のことって当たり前すぎて「は?」ってなりますよね。テレーズが「わたしは本物でありたいと願ったんです」って言うけど、いきなり彼氏なり彼女なりがこんなこと言い出したら「えっじゃあ今までの君は一体・・・?」みたいに。
時代もあって、テレーズは出て行きたいし変わりたいんだけど、単純にお金がないんですよ。だからまず稼ごうにも出ていけないの。
女性も皆が皆子供が好きな訳でもないし、好きでも世話するのが上手い人(自分のメンタルがやられないままできる)と苦手な人がいる。だけど、一昔前は画一化された母親像に全ての女性が当てこまれていたんでしょう。
- 作者: フランソワ・モーリアック,若林真,遠藤周作
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 1997/05/09
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いやほんと西原先生の言う通りでっせ。
たぶん働いててもお金があっても、妻になったら彼女になったらなんだかんだ世話焼いちゃって、頼まれてもいないのに自分犠牲にしちゃうんだろうと思います。そういう情け深いところ、捨てちゃえたら楽なのに・・・と思いつつそれ捨てたらあかーん!っていつもこの葛藤。