≪内容≫
不実な男を愛し、子を宿すが、母となることが叶わない絶望の中で、男と妻の間に生まれた赤ん坊を連れ去る女、野々宮希和子と、その誘拐犯に愛情一杯に4年間育てられた女、秋山恵理菜。
実の両親の元へ戻っても、「ふつう」の生活は望めず、心を閉ざしたまま21歳になった恵理菜は、ある日、自分が妊娠していることに気づく。
相手は、希和子と同じ、家庭を持つ男だった。過去と向き合うために、かつて母と慕った希和子と暮らした小豆島へと向かった恵理菜がそこで見つけたある真実。
そして、恵理菜の下した決断とは・・・?
いわゆる不倫の物語って大人だけなら当事者だけで済ませられる部分が大半と思ってるんですが、子供がいる場合、どんな作品でも傷付くのは子供なんですよね。それが悲しいことですよね・・・本当に。
呪いを越える物語
主人公・秋山恵理菜は家庭のある男と恋仲になり妊娠するが、この一連の流れが自分を誘拐した女と、その女と不倫していた父、父と結婚していた母の過去と全く同じであることを悟り、男には妊娠を告げずに別れを告げ一人で産み育てようと決心する。しかしそんな恵理菜の元に一人の女が現れ20年前の誘拐事件について教えてほしいとやってくる。
最初は記憶にない、と邪険に扱う恵理菜だったがなぜか恵理菜の世話を焼く千草に心を許すようになり、以来ずっと蓋をしてきた過去を巡るべく千草とともに誘拐犯・野々宮希和子と暮らした小豆島へと旅立つ。
お母さん
あの女の人になんて言ったの
おろすなんて信じられない
あんたは空っぽのがらんどうだって言ったんでしょ
あたし産むよ
人の子供を誘拐したりしないで済むように
一人で産む
希和子は父・丈博と不倫の末妊娠するが、丈博に子供はまだ待ってほしい、妻と話をつけてちゃんと離婚してから子供を作ろうと説得されて子供をおろす。しかしその堕胎が原因で二度と子供を産めない身体になった挙句、妊娠して不倫を知った妻・恵津子から執拗な嫌がらせを受けることとなる。
不実なことだと知りながらも丈博を信じていた希和子は自分の体の変化だけでなく離婚するといった言葉が嘘で騙されたこと、また自分には堕胎させ妻には産ませるという丈博の想像もしていなかった裏切りに深く傷付く。生まれた子供を一目見ればもう未練はなくなると思い秋山家に行くと、夫婦は戸じまりをせずベビーベッドに恵理菜を置いて出かけていった。そこで一人きりで泣いている恵理菜を希和子は見つけたのだった。
恵理菜は無事保護されるが幼い時期を過ごした希和子を母だと信じているため、本当の両親のところに帰っても元通りにはなれない。どうしても生まれる両親と恵理菜の亀裂によって恵理菜は「愛される」ことや「家族の愛」というものを感じられず、自分のせいで家族がおかしくなったと責任を感じて大きくなっていった。
「おろすなんて信じられない あんたは空っぽのがらんどうだ」という言葉は呪いとなり、それを告げた本当の母・恵津子と受けた育ての母・希和子との両方を繋ぐ恵理菜はその呪いを吐く側と吐かれる側という連鎖から抜け出し断ち切る道を進む。
その道の案内人が、突然事件の資料を渡してきた千草であった。彼女は幼少期に恵理菜と一緒に女人専用の「エンジェルホーム」という特殊施設で育った旧友だったのである。
あたしはね男の人が怖いんだよね
ごつい肩とか腕とか喉仏とか
今でもパニック起こす
だから男の人と付き合ったこともないし経験もないあんたの気持も分かってあげられない
きっと一生誰かの奥さんにはなれない
ずっと一人で生きてくんだって思うとときどき気がすーって遠くなる
いつも思うよ
どうして普通の世界で育ててくれなかったのかなって
でもさ
母親にならなれるんじゃないかな
あんたと一緒に
ダメ母でも二人いればマシだよ
一人では抜け出したくても抜け出せないから恵理菜を探しだし、一緒に前に進もうと手を差し伸べたのが千草でした。
私、角田さんや桜庭一樹、辻村深月の作品を読むと本当に思うんだけど、女の敵は女かもしれないけど、女を守るのもまた女、なんだよなぁって、どこか男って余所者なんだよなぁって感じるのです。前者が恵津子と希和子なら後者が恵理菜と千草。
だって不倫した男がいっちばん悪いのに、この男は蚊帳の外で責められもしないってまず同じ土台にさえ立ってないんですよ。ちょっと可哀相だな、責められる方がまだマシなのかな、と思うほど男が原因を作ったのに女たちが勝手に物語を進めていって見えないところまで行ってしまう。
八日目の蝉は七日目に他の蝉は死んでるから一人生き残っても可哀相だって話す恵理菜は、希和子と過ごした小豆島の日々を七日間として、その後20年間を八日目と言っているんでしょう。だから八日目の蝉は七日間しか生きられなかった蝉よりももっときれいなものを見れるから幸せなんじゃないか、という考えに辿りつけたことこそがこの呪いを解く長い20年の旅の終着地点だったのだと思います。