深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

本当の貧困の話をしよう/石井光太~貧困とはどういうことなのか?何がそれを生むのか、また貧困が何を生み育てるのか~

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≪内容≫

日本は国民の7人に1人が貧困層。君たちが幸せをつかむために今知るべきこと。最底辺のリアルから始まる「新しい世界」のかたち。人生への向き合い方が「180度変わる」感動の講座。

 

 お金がないという意味での「貧困」も、愛情が足りないという意味での「貧困」も、他人事だと放置すると返ってくる。それは「リング」シリーズでも語られているし、「冷血 」の犯人も語っている。

 

 本書の中では「オレオレ詐欺」で捕まった受刑者のインタビューが書かれていた。

「俺たちはなにも弱者から金を奪っているんじゃない。さかのぼれば、最初にあくどいことをしてきたのは高齢者なんだ。
あいつらは家庭に恵まれたというだけで学歴を得ていい会社に勤めて、バブルの時代を通して金をがっぽり稼いで人生を楽しんできた。一方、うちのおふくろは正社員にもしてもらえずに使い捨て同然に扱われた。息子の俺だって非行をすることでしか生きてこられなかった。あいつらは、おふくろや俺を『自己責任』だと言って見捨てて自分たちだけ贅沢してきたんだ。

(中略)

 そんな社会の中で貧乏人がまっとうな暮らしをするために、富裕層からありあまる金の一部をふんだくって何が悪いっていうんだ。俺は手に入れた金で遊んでるわけじゃねえ。ほとんど嫁さんにわたしているし、子供の教育費とか生活のために使ってる。

(以下略) 

  もしも自分が関係ないと思うなら、それは自分ではない誰かがこういった事件に巻き込まれたり殺されたりという社会全体の尻拭いを知らない場所でさせられているからである。そしてその尻拭いが誰に来るのか、いつ来るのか、それは分からないけれど今日もどこかで起きているのだと私は思う。

 

なぜ貧困について考えなければならないのか?

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 人生は運である。引用文にあったように「恵まれた家庭」に生まれることも運だし、尻拭いに選ばれてしまうのも運だと私は思っている。(「冷血」は全く犯人と関係はなかった一家が彼の尻拭いのために一家全滅させられている。「リング」では貞子の積年の恨みがその時代、そのタイミングで巡り合った人に向けられている。)

 なので、一生のうちで「恵まれた家庭」に育ち、他人の尻拭いに出会うこともなく、穏やかで平和な生涯を送る人もたくさんいるでしょう。だからこそこの問題に出会うことこそがあまりないのかもしれない。

 

 しかし私たちは税金を払っており、生活保護は税金で賄われているし、犯罪を犯した人たちの裁判や刑務所の運営、更生にかかる費用も税金である。

 

・刑務所の運営など犯罪者の矯正にかかる費用は年間に2300億円にのぼる。

・生活保護という制度の年間の予算は3兆8000億円に上る。 

(本当の貧困の話をしよう/石井光太 P.004より)

 

  なので考えなくとも私たちは貧困問題には出会っているのだけど、自分が払っている税金が何に使われているのかって想像するのは難しいですよね。それにニュースでは生活保護を受けながらパチンコをしたり、コンビニで買い物をしたり、煙草やお酒をやめられない人借金をしてもクスリがやめられない人がいたりして、一所懸命に働いて節約して生活を切りつめて暮らしている人や、辛くても頑張っている人にとっては「考える」より「なんだか理解できない人間」と思うことの方が多いかもしれません。

 映画やテレビの特集でもありますが、更生させよう、まっとうに暮らせるように支援しようと思っても悪影響な場所に戻りたがる人もいます。

 

 本書では、貧困とはどういうことなのか?何がそれを生むのか、また貧困が何を生み育てるのかが書かれています。

 なぜ貧困について考えなければならないか。それはお金のこともそうですが、理解できない人や自分とは関係ないと思っている人から学ぶことや、そういう人たちが自分には足りないものを持っていて、それをお互いが分け合うことが社会だと私は思うからです。

 

生きるためのドラッグと思考停止

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「俺、生きてたって価値がないって思ってるんですよ。どうでもいいやって思って何度も自殺しようとしたけど死にきれなかった。そんな中でクスリが唯一楽しかった。これをやってる時だけは、俺すげえのかもって思えるし、心の底から笑えた。それではまっちゃったんです。」

ストリートチルドレンは学校へ行っていないので低賃金の単純労働しかすることができない。少女売春婦は周りから白い目で見られ、「自分は汚い女だ」と考えて、社会に戻ることをあきらめてしまう。強制労働をさせられた子供たちも、奴隷として扱われてきたことから、自分の意志を持つことができなくなっている。

  貧困や非行とセットで思い浮かぶのがドラッグと売春だ。ストリートチルドレンは大人になったら今度は自分のやってきたことをストリートチルドレンにさせて金を得る。少女で売春婦になったり、帰る家を失くしたり唐突に自分の意志とは関係なく性的暴行をうけた女性はその出来事から自分を守るために「あの出来事は特別なことではないんだ」と思いこませるべくその行為を繰り返すのだと書かれていた。

 

 少女売春婦たちは、最初はイヤで逃げたいと思っていて、いざ助けが来てももう諦めてしまっているからこれから頑張って社会のことを勉強するより馴染みの客の相手をすることの方が楽だと助けても売春宿に戻ってしまうのが大半なのだそう。

それに正しいことをしようと努力しても、オレにはなんの役にも立たねぇのだ、ということが分かっていたからだ。人は、小さいときに正しい始め方をしなかったら、もうチャンスはないんだーピンチになったとき、自分をバックアップしてくれて、とことんまでやらせてくれるものが、なんにもないんだ。だから負けちまうんだ。

 ハックルベリ・フィンの冒険―トウェイン完訳コレクション (角川文庫)

  人は考えることや未来のことを想像することを諦めてしまうとどんどん海の底に沈んでしまい気付いた時にはもう光の届く場所に行けなくなってしまう。どんなに船の上から手を差し伸べたり、海の中にもぐって助けようとしても深海までは辿り着けない。

 

 私と同じく、「恵まれた家庭」に生まれ、辛さ苦しさストレスはあっても、それなりに生活できて、食事が食べられて、冬には暖房をつけられて、そして周りも自立している人間ばかりという人間は、いったいどうやってこの貧困と向き合えばいいのだろう?どうやって深海に落ちていく人たちの手を掴めるのだろう?

 

大人がすべきこと、できること

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「よく家庭訪問をしてくれたし、先生も車が好きだったから、どんどん打ち解けていった。『高校に進学したい』と打ち明けたら、全力で応援してくれた。一生懸命勉強し、合格を一番喜んでくれたのも先生だった。先生と出会わなかったら、人生はどうなっていただろう。大学に進学することも、F1ドライバーになることもなかったに違いない。教職をリタイア後、定期的に個展を開く先生とは今もつきあいがある。感謝の気持ちを忘れたことは一度もない」

 このように、子供時代に尊敬できる大人に出会うことで、人生が180度変わることはめずらしくないんだ。 

  引用文は本書の中で元F1レーサーの鈴木亜久里さんが恩師について語ったことである。

F1チーム破綻の真実 鈴木亜久里の挫折 (文春文庫)

F1チーム破綻の真実 鈴木亜久里の挫折 (文春文庫)

 

  大人たちができることやすべきことは、自分の正しさや社会の正しさを押し付けたり、それにハマるように矯正することよりも、自分自身がきちんと意見を持って信念や美学を持って生きることなのではないかなと思います。

 それが間接的に誰かの生きる糧になったりモデルになったり希望になったりするのだと思います。

 

 責めることは割と簡単ですが、自分とは異なる正義や意見を抹殺するの責められないことなのでしょうか?

 子供の不祥事に「親の顔が見て見たい」「この犯人の生い立ちはなんだ」「家庭がおかしい、これでは子供がおかしくなる」・・・などなどありますが、では自分の子供がまっとうに育ったり、自分の周りの人間がいわゆる一般的な社会人であるのは、自分の努力でしょうか?運でしょうか?

 

 こんなことを考えていながら、冷たい海に手を差し込んで、顔も性格も何もかもを知らない人の手に触れるのは私にとって簡単なことではなく、つかみたいと思いながら恐怖もあります。

 貧しさは悪ではない。 そして今の自分がいるのはきっと自分で得たものではなく与えられたものである。