深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】あん~生きていたら尊敬できる大人に出会うことってきっとある~

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≪内容≫

どら焼き屋の雇われ店長として単調な日々を過ごす千太郎。ある日、店の求人募集を見た老女・徳江が現れ、粒あん作りを任せることに。あんは美味しく、店は繁盛するが…。

 

 すごくいいです。邦画の良さというか、劇的な展開ではなく淡々と静かに流れていく日常と四季の風景。一見あまり変化のないように見える世界ですが、確実に時計は進んでいる。それが人間の見た目と内的成長とリンクしています。こういうの邦画はピカイチだと思います。

 

生きること,許すこと

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  先代から引き継いだのか、全く甘党ではなくどら焼きを一つ食べきることさえできない雇われ店長の千太郎(永瀬正敏)。あん作りが上手くいかず外注しているせいか生地とマッチしていない。お客さんは冷やかしみたいな女子中学生が三人と、ワカナという女の子が一人。

 そんな店にあるとき老婆・徳江(樹木希林)がやってきて自分を雇ってほしいと言ってくる。76歳と聞いて断るも自作のあんを持って来て働きたいとまたやってきた。千太郎は一度そのつぶあんを捨てるが、考えなおし食べてみるとその美味しさに心惹かれ徳江にあん作りを任せることにする。

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 あんのおかげでどら焼きは飛ぶように売れた。しかし、お客の中には徳江の変形した指を見て「ライだ」という者もいた。先代の店主の妻である現オーナーは噂を聞きつけ、徳江をクビにするよう千太郎に命令する。

 働き者でやさしい徳江をクビにしたくない千太郎だったが、噂のせいか客足が途絶えたとたん徳江の方から店に来なくなってしまった。

 ワカナと二人でライ病患者の収容施設「天生園」に徳江に会いに行くと、思いがけない徳江からの労りの言葉に千太郎は涙をこぼすのだった。

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  実は千太郎には前科があり、三年間刑務所に服役していた。その間、面会に来てくれていた母は亡くなり、現在は孤独と諦めを宿した目でどら焼きを焼いていたのだった。徳江は散歩が許された時間に千太郎の目を見て、自らと重ね合わせ、更に生むことが許されなかった自分の子供にも重ね合わせた。

 千太郎は亡くなった母と、徳江というもう一人の母に支えられ自立の道へと進んで行く。

 

先日読んだこの本に

子供時代に尊敬できる大人に出会うことで、人生が180度変わることはめずらしくないんだ。  

 とありましたが、これはたぶん大人だってそうなんだろうとこの映画を見て思いました。大人は子供が大きくなっただけのことで、子供時代に会えなくても生きていたら尊敬できる大人に出会うことってきっとあるんだと思います。

 素晴らしいのは千太郎の目が、最後とても優しくなっていたこと。最初の自問自答するように内にこもった目から、食べてくれる人(社会)に目が向いて与えられる側から与える側になっていたこと。

 こういう人間的な成長(与えられる側から与える側への成長)を描いた作品って私は初めて見た気がします。

 

 この映画、中学生で高校進学に迷うワカナの部分もすごく丁寧に描かれていて。最後に徳江が小鳥を籠から出すことでワカナも家という籠から出れたんだと思います。閉じ込められると内から出れないんですよね。誰かが外から扉を開いてくれないと。

あん

あん

 

  たぶん、生きていたら反抗とか葛藤とかに苛まれると思う。で、そこからどうしようってなって力を求めたりするんだけど、そのもっと先は許すことで進めるんじゃないかな、と思うのでした。