深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

【映画】ハウス・ジャック・ビルト~引き金を引くのはいつも他人~

スポンサーリンク

《内容》

1970年代の米ワシントン州。建築家になる夢を持つハンサムな独身の技師ジャックはあるきっかけからアートを創作するかのように殺人に没頭する…。彼の5つのエピソードを通じて明かされる、“ジャックの家”を建てるまでのシリアルキラー12年間の軌跡。全米公開時一部カットされた本編が、セル版では完全ノーカット版で収録。

 

きたよラース・フォン・トリアー!

マジでこの人の存在が、私の生きる希望になっている。

これほど人間嫌いな人間が多くの人間と共同で人間をこきおろす映画を作成している、そんなトリアーがいるんだから、そこまで人間嫌いでない私はまだできるはずだ・・・(洗脳)と思う。

 

芸術は他者の存在で成り立つ

f:id:xxxaki:20211010230941j:plain

 独身で内気なジャックはあるとき高飛車な女に出会います。車が故障し立ち往生した彼女は偶然通りかかったジャックを引き留め、自分を修理屋に連れていくようにせがみます。

 内気なジャックは頼む立場でありながらどこか横柄でお願いというより強要に近い口ぶりに顔をしかめる。彼女に言いくるめられる形で助手席を許し修理屋に向かうため車を走らせると彼女は言った。

 

もし あなたが殺人鬼で私の死体を隠すとしたら
きっと あの林に埋めるわね

 

 おしゃべりな彼女はその後も喋り続けた。そして修理屋から借りたジャッキの故障により車を直せずもう一度修理屋に送ってくれという彼女。

 約束があるから無理だと断るジャックに「約束?なんの約束?」と無礼な態度を崩さない彼女。そしてまたもや彼女に言いくるめられる形で助手席を許し修理屋に向かうため車を走らせると彼女は言った。

 

撤回するわ
あなたを殺人鬼と呼んだこと
あなたには とても無理
虫も殺せない腰抜けよ

 

 急停車するジャックに彼女は一瞬驚き、そしてジャックを見てにこりと微笑む。ジャックは赤いジャッキで彼女の顔面を叩き潰した。

f:id:xxxaki:20211109232629j:plain

 殺人鬼ジャックの誕生とともに、ジャックの聞き手・ヴァージが現れる。ヴァージはこれまで何人もの殺人鬼と会話してきたという。

 

 ジャックは建築家になりたいという夢をエンジニアに変更させた母がいなくなった今、誰にも文句を言われず家を建てられると、建築への夢を語り、人を殺し着々と材料を家に運び込んだ。

 

 時に狩猟体験にやってきた母子3人を撃ち殺し剥製にしたり、町で出会った女性を殺し切り取った乳房で小銭入れを創ったり、夜道を歩くおばあさんを何度も轢き殺そうと挑戦し勝利を得たり・・・

 

 だが、ジャックが建築したのは質素な処刑台のようなお粗末な何かだった。

f:id:xxxaki:20211109234015j:plain

 建築に芸術を見出し、その細部の技術として殺人をこなしていったジャックだが、いつのまにか殺人がメインになり、建築自体は”家”とも呼べない何かにしかならなかった。

 結局材料集めを熱心にしただけだったジャックはヴァージの助言で、その大量の冷凍死体を骨組みに芸術的な”家”を建てた。

 それはジャックが作った地獄に通ずる門だった。

f:id:xxxaki:20211109235325j:plain

 その後ヴァージに連れられ地獄の道を歩くジャック。とある窓からあの日の草原の光景が見える。農家の男たちの草を刈る規則正しい呼吸と鎌を滑らせる動き、そして草が刈られるシュッとした音。

 もう戻れない場所を思い涙が浮かぶジャック。そして地獄を抜けて元の場所に戻れる道を選んだジャックは誰一人成功したことがないというある道を選ぶ・・・

 

 この映画、ジャックとヴァージの芸術論争とジャックの殺人シーンがほとんどです。そしてジャックの辛いところは「芸術」を語ることで自分のしてることを正当化してることなんですよね。建築自体は全然進まないのに、人を殺すことで満足してしまっている。まさに本末転倒と言う感じの内容。

 

 結局、母の言うことだったり知らない女性の一言だったり、自分で自分を燃え上がらせることのできないジャックは、芸術家ではなく殺人鬼として終わるだけ。

 そもそも一人で引きこもって集中できないから狩りに出て他人と触れ合って、でも怖いから殺す。芸術のためと自分を納得させてね。

 私が思う芸術は、一人の人間が孤独と向き合った時間と孤独との戦いの結果だ。他人の言うことに耳を貸すことも触れることもしない(できない)孤独を選び戦った証だからこそ、美術館はすごくエネルギー使うんだよな、といつも思う。

 戦いは個人的なものであるからこそ、他人へ強くメッセージを投げかけることはできても傷つけることはできない。だからこそ、この映画はタイトル通りただ単に「ジャックが家を建てた」というだけなのだ。