《内容》
断捨離?ミニマリスト?しらんがな!赤い口紅・七分丈レギンス・自撮り・オーガニック・京都・ヨガ…女泣かせの「甲冑」が今日も私を締め付ける!
女の甲冑って洋服のことです。洋服に限らずファッションやメイクにヘアスタイルに体系維持。なんでそんなに女の人って見た目を気にするのか?
しかも気にするのは男じゃなくて、女。ああいう髪止めしてる女は「甘ったれ」、こういう女は「自立してるイイ女」とか。女の世界に実は男はイナイ。
この閉ざされた女の園が私は好きで好きでたまらないのであった。
女らしい女に悪態をつく理由
生まれ変わったら赤文字系女子になりたかった人生だった・・・と、私は昔よく言ってたし、実は今もこっそり思っている。
(赤文字系・・・コンサバでいかにも女性らしいファッション雑誌。対する青文字系は原宿系とも呼ばれる個性的なファッション雑誌)
青文字系なのかと言われると「ウッ・・・」と言葉に詰まるが、10代とか20代前半はzipperなど超個性的なファッションが大好きで、RNAやcandystripperに憧れ年始のセールで買っていた。(この2ブランドが高くて通常価格ではとてもじゃないが若い時分には買えなかったのだ・・・)
その当時の私は、赤文字系ファッションなど30代にもなれば誰もが当たり前にその格好に行き着くと思っていた。だって、服も髪型もみんな同じみたいだし、髪も美容院にいけば簡単にそういうヘアスタイルが手に入るし、ふざけすぎた季節の後は誰もが行く道だと信じて疑わなかった。つまり赤文字系は大人という印象だったから、大人になりたくない私は赤文字系なんて”いつか誰もがなる”と思ってたのだ。だが、自分が30代になって気づく。
女らしい見た目って何よりストイックの象徴だわ。
綺麗なレースの小物も、きれいに手入れされたネイルもつややかな髪の毛もとにもかくにも時間とお金がかかる。
それに、姿勢の良さやスタイルの良さはお金だけじゃなくて自分の努力も必要だし、何よりそのモチベーションを維持するのが難しい。
だから、そういうことができる女にできない女は嫉妬するか諦めるかの2択である。私は生まれ変わったら~とかいって諦める方だが、(そしてこのぐうだらな自分を実はこっそり気に入っている)スーさんは、ものすごい偏見の目を向けるのだ。笑
「社会的自立」と「人から愛される存在であること」は本来両立するはずなのに、美しい髪飾りはどうにも甘えと依存と蜜月にあるご都合主義の愛され願望のようなものを連想してしまう。たとえばフェザーをあしらったピアスは自由の象徴に見えても、それが髪についた途端うろたえる。
(中略)
パールやレースがあしらわれたものなんて、とんでもない!私は自立した女!と過剰反応をした結果、それを好んでつけている女を見ると「あれは甘ったれた女だな」と、攻撃的な被害妄想を持つようになったのでしょう。だって本当はそれをつけてみたいんだもの。
女性らしい女性を見ると「男に媚びて」とかなんだか人の目線を気にしてると思われがちですが、たとえそうだとしてもこのストイックさに怯えているのだと私は思うのです。
それにこの「女らしさ」を認定されたら最後、ちょっとでも寝癖がついてたり肌が荒れた日には「大丈夫?」と言われるくらい自分の平均値が爆上がりしてしまうのだ。
ちょっとでも暗い顔したら「怒ってる?機嫌悪い?あの人って気分屋だよね」。そうやって人を決めつけるくせに本当に頼ると「甘ったれ」って評価になる。「女らしさ」は目立ってしょうがないし、人の「こうであれ」の生贄みたいになってしまう。
言い換えるとそれだけ「女らしさ」には影響力があるのだ。他人にも、自分にも。
そのことを知っているから私たちは毎日クローゼットを前に悩む。
「はぁ…今日はストッキングとか履きたくねぇな。もうゆったりしたズボンに股引履きてぇな・・・さみぃし・・・」と寝起きの脳裏を掠めるが、
「いや、その格好で朝はいいかもしれないけど夜まで自分のモチベーション続くか?」とか思ったり、「いや今日は会議だし、いつもより綺麗目で行こう。相手に失礼な印象だけは持ってほしくないし・・・」「いやちょっと待て、このスカート超気に入ってるけど、なんか言われそうだな・・・一応膝丈だけどレースだし・・・」とか思考と一緒に着たり脱いだりしているのだ。だから、女は努力してる女に怯え、何かと噂をたてるのだ。
それは女だけじゃなく、ミュージシャンになれなかった人がテレビに出てるミュージシャンに悪態をつくのと同じように。
ヨガとかオーガニックとかディズニーなどTHE☆女子かつ身近なテーマで読んでて面白かったです。他人との比較じゃなくて口紅の色や七分丈レギンスなど、自分のこだわりと世間とのギャップであったりなど、そういうのって私だけじゃないのね、、、と思うところがたくさんありました。