深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

氷点/三浦綾子~自らのアイデンティティーを失ったとき、人はどう生きる?~

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《内容》

ある夏、北海道旭川市郊外の見本林で3歳の女児が殺される。父親、辻口病院院長の啓造は出張中、母親の夏枝は眼科医の村井の訪問を受けている最中の出来事だった。夏枝と村井の仲に疑いを抱いた啓造は、妻を苦しめたいがために、自殺した犯人の娘を引き取ることにする。事実を知らない夏枝はその娘に陽子と名付け、失った娘の代わりにかわいがる。夏枝や兄の徹らの愛情に包まれて明るく素直な娘に成長していく陽子だったが、いつしか家族に暗い影が忍び寄る―。

 

 いよいよ三浦綾子文学を読むきっかけとなった「氷点」です。自分の娘を殺した犯人の子供を養子にする・・・この設定だけで一気に引き込まれるのに、続編まである。

 「道ありき」「積木の箱」と読んで思ったが、三浦さんの作品の登場人物は結構多い。そしてその一人一人がちゃんとキャラ立ちしていて読んでいて本当に楽しかった。

 

相手を憎まずに生きるには?

 

 わが子を殺された悲しみの上に、おまけに、やりどころのない憎しみを持って一生くらすなんてね。おれの一生は、もうそんな辛い生き方しかできないのだろうかと、そう考えたんだよ。他に生き方があるとしたら、犯人を憎まないことだよ。憎まないためにはどうするか、愛するしか、ないんじゃないかと思ったわけだよ

 

 医師の啓造は、末娘のルリ子を殺した犯人が自死し、天涯孤独となった犯人の娘をルリ子の代わりとして引き取り妻・夏枝に育てさせようと企む。

 夏枝が眼科医の村井と二人きりになるべくルリ子を外へおいやったのだという憎しみから何も知らない夏枝に殺人犯の娘を育てさせることで誰にもわからないよう復讐を果たそうと思ったのだった。

 

 乳児院で働く医師仲間の高木は、そんな啓造の申し出に眉をひそめたが啓造を信じ、犯人の娘を養子として啓造に引き渡す。かねてよりルリ子の代わりに女児がほしいと懇願していた夏枝は愛しそうにその赤子を抱き締めかいがいしく育て始める。

 

 しかし一人秘密を知っている啓造はその女児・陽子を愛することはもってのほかただのやさしくすることさえできず、自らが望んだにもかかわらず陽子を煙たがっていた。

 

 そんな両親の歪さに長男の徹は気づきながら陽子を愛していった。

 

 (それに、わたしを産んだおかさんがしわわけではないもの。わたしを産んだおかあさんがもし、こんなことをするのなら悲しいけれど、そうじゃないんだもの。わたしは石にかじりついても、ひねくれないわ。こんなことぐらいで人を恨んで、自分の心をよごしたくないわ)

 陽子はそう思って、心が明るくなっていった。

 

 あるとき夏枝は啓造の日記から陽子がわが娘・ルリ子を殺した犯人の娘であることを知る。啓造を憎む気持ちもあったがその瞬間からあれほどかわいがっていた陽子への憎しみがつらつらと募っていった。

 

 陽子の出し物の衣装を用意しない、給食費を出さない、答辞の紙を白紙の物にすり替える、陽子の首を絞める・・・など夏枝は自制と戦いながらも陽子への憎しみを隠せずにいた。

 そして陽子もそんな夏枝の態度に気づき自分が貰い子であるという噂からも、きっと本当の両親がいるのだろうと勘づくのだが、その予想をはるかに上回る真実が陽子には架せられていたのだった。

 本書は

 

陽子・・・殉教者

啓造・・・罪人

徹・・・正しい人

夏枝・・・自己中心な人

 

 というキャラクターで成り立っている。陽子は殉教者ではなくなりますが、この辻口一家の中で"許し"を求めているのは陽子と啓造の二人です。生まれながらに十字架を背負わされた陽子と背負わせた啓造、そしてその二人を囲むのは、善人の徹と自分の快・不快を一番に考える夏枝の二人。

 

 啓造は「相手を憎まずに生きるとは?」という問いを自らの一生のテーゼにしたが、きっかけをつくった当の夏枝は「憎んで当たり前。昔のことをいつまでもいう啓造はひどい」という思考だった。

 

 罪の意識のない人間に、罪は感じられない。夏枝は読んでいて非常に魅力的なというか人間的な女性である。女という生をめいっぱいに生きている。美しい容姿を誰彼構わずふりまくところはアバズレ感があるが、気まぐれながらも誰よりも気立て良く、優しく接することシーンなど、このようなことができる女性が果たしてどれだけいるのだろうか?と思わせる。

 殺人犯の娘ではなかったとしても、汚れの中で生まれた陽子は「自分は純粋無垢である」という精神的支柱を失う。今まで陽子を明るく支え続けたその考えが真っ向から否定されたとき、陽子はどうやって生きていくのか。それが続編となっている。