深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

吹上奇譚 第一話 ミミとこだち/吉本ばなな〜待つことの意外なヒーロー性〜

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《内容》

その街では、死者も生き返る。現実を夢で見る「夢見」。そして屍人を自在に動かす「屍人使い」。二つの能力を私は持っている。吉本ばなながついに描いた渾身の哲学ホラー小説。書き下ろし長編。

 

 実は三作目の「ざしきわらし」から読んだのですが、どこからでも読むことができます。というのも時系列はそこまで重要ではない作品だからです。たぶんそれはキャラクターたちが不変だから。事件は起こるけど、キャラクターも動くけど、世界はそんなに動かない。ドラマチックさはなくて、日常の些細な動きの意味や理由を解説している。そんな作品です。

 

一人で生きていける人などいない

 

 私たちは食べ、眠り、人生を夢見る。それは人の夢であってはいけない。それぞれが自分の夢を生きて、それを他の人も尊重する。そして他の人の夢も自分の色をつけずに尊重する。それが重なり合って調和していく。それしかできない。

 

 物語は主人公のミミ虹の家と呼ばれる不思議な姉妹のいる家に行き、大切な妹・こだちがいなくなったことを相談するところから始まる。

 

 冒頭から、サイキック能力のある姉妹・その力を知っている街・事故から眠り続ける母・異世界人の妹というSF?ファンタジー?ホラー?と混乱しそうな設定だが、これは哲学書なのである。

 

 そしてミミは主人公として妹のためにハラハラするけど、妹を助けに行ったり見つけたりするのではない。ただ”待つ”だけなのだ。

 

 だが、映画や漫画のヒーローみたいに誰かを助けたり、アンパンマンみたいに泣いている子を見つけるのは日常ではない。

 不思議なのだが、設定は超非日常でありながら物語上のキャラクターたちの生活は超日常なのである。

 

アイスを作るという現実には具体的にいろいろ大変なことがあるけれど、ここは夢のような場所だ。みんな夢しか買いに来ないし、売っている方もすぐに溶けていく甘い夢を売っているし。しかしそれだけが人生で確かなものだと思うんだ。アイスっていうのは、それを象徴するものなんだ。こんなすてきな仕事はないと誇らしく思っている

 

 ミミとこだちは小さい頃の交通事故で父を亡くし、母は眠り続けてしまった。そのため二人を育てたのは父方の伯父・叔母だったのだ。伯父のコダマさんは街のアイス屋さんで、アイスを買えない子供のための制度も作ってる。

 

 二人は小さいながらに自分たちは邪魔者だと思っていたけれど、ミミは本当はこの伯父と叔母に愛されていたことをこだちの不在により知ることとなる。

 

 それでも彼らが車を走らせながらこだちの姿を探している様子を思うと、愛という糸で街に刺繍しているような美しさを感じた。

 

 第一話はこの物語の自己紹介的なお話で、主人公のミミを中心に街の歴史や異世界人という過去に起きた出来事、彼女の家にまつわることや、彼女とこだちが持つ特別な力。そういったものが描かれています。

 個人的に、吹上奇譚シリーズは超玄人向きな気がします。笑

 本読み始めた自分だったらあまり心にひっかからず「ふーん」で読み終わってしまいそう。冒険もドラマもなく、ただ淡々と過ぎていく日常をばななさんの感性で語られていく。少し読んでは本を置いてその光景を目を閉じて自分の中に起こしてみる。薄いのに心に芽生える光景が多いから、結構読むのに時間かかりました。