《内容》
時代に取り残され駆逐される男
「あんたはあいつに似ちょるけ、吸わんのじゃね。酒はね?」
「なん言いよるん。息子に煙草と酒、勧める親が、どこにおるんか。」
「勧めんでも、どっちかか、両方か、そのうちやるようになるっちゃ。」
息子に期待しているような言い方だった。
物語は昭和六十三年。主人公は十七歳の遠馬。一つ上で幼馴染の千種と付き合っている。二人は川辺に住んでいて、その川には生活汚水がそのまま流れている。まだこの辺りは下水道の整備が完全ではないからだ。
そして遠馬の家には父がいる。セックスの時、女を殴る男が。
遠馬の産みの親の仁子は、家を出て魚屋を営んでいる。遠馬を置いて出ていったのだ。遠馬は父の血が流れているから、と言って。
遠馬は千種とセックスすることばかり考えている。九州の片田舎で遊ぶものなど何もない。学校以外はセックスと釣りだけが遠馬の生活だった。
遠馬は父が同居している琴子さんの首を絞め、二人が達するのを見る。大嫌いな父、母を奪った暴力、否定すべきその光景を肯定するかのように勃つ己。
ついに遠馬は千種に手を上げてしまう・・・
「殴った時はなんの覚悟もなかったじゃろうけど、いっぺんでもやってしもうたんじゃったら覚悟しちょき。どんな目に遭うか分からんよ。うちもね、最初にやられた時は、本気で、殺そうと思うたくらいじゃったけえ。なんであん時やらんかったんかって、いまでも不思議なそ。ほいでもね、あの男、恐ろしげな目で、あんたもここんとこそうなっちょる、その目でうちのこと見下ろしてからいね、自分が気持ちようなりたいだけで殴るんじゃけどよ、あの目は右手のないそを笑うとりはせんかった。ばかにしとりはせんかった。ただ殴りよるだけじゃった。」
仁子さんは戦争の被害で右手を失った。遠馬の父は気にしなかった。他の人が馬鹿にすること、遠巻きに距離を取るようなことはしなかった。仁子さんは遠馬の父より十も上だったが、父にとって、女はただ女なだけであったのだ。
仁子さんは魚屋で働いていたのだが、父の暴力から逃げ、魚屋を譲り受けた。義手をつけ、魚屋を切り盛りし一人で生きていくようになる。
遠馬も父も年上の女性の包容力の中で生きている。川を女の割れ目だと父が表現するが、その川も、下水工事が終われば汚いものは流れなくなる。汚いものは駆逐される運命なのだ。
仁子さんが義手を父に突き刺したまま捨てるシーンが好き。いつか来るこの時のために、逃げずにこの川辺に居続けてくれたんだな、という女が女を守る、という構図。
その役目を終えた瞬間、また女が始まる、という新たな人生のスタート。やっぱ、いい作品って構想が厚いんだろうな〜と思って読んでいました。