深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

共喰い/田中慎弥〜逃げ場のない血と性の問題〜

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《内容》

一つ年上の幼馴染、千種と付き合う十七歳の遠馬は、父と父の女の琴子と暮らしていた。セックスのときに琴子を殴る父と自分は違うと、自らに言い聞かせる遠馬だったが、やがて内から沸きあがる衝動に戸惑いつつも、次第にそれを抑えきれなくなって─。川辺の田舎町を舞台に起こる、逃げ場のない血と性の問題。第146回芥川賞受賞作。文庫化にあたり、瀬戸内寂聴氏との対談を収録。ほか「第三紀層の魚」併録。
 
 文章はとても読みやすく、内容もきっちり整理されている感じがして、矛盾がないという印象です。
 ラストはちょっとびっくり、なんとなく令和ぽいなぁ〜と思いました。
 

時代に取り残され駆逐される男

 

「あんたはあいつに似ちょるけ、吸わんのじゃね。酒はね?」

「なん言いよるん。息子に煙草と酒、勧める親が、どこにおるんか。」

「勧めんでも、どっちかか、両方か、そのうちやるようになるっちゃ。」

 息子に期待しているような言い方だった。

 

 物語は昭和六十三年。主人公は十七歳の遠馬一つ上で幼馴染の千種と付き合っている。二人は川辺に住んでいて、その川には生活汚水がそのまま流れている。まだこの辺りは下水道の整備が完全ではないからだ。

 そして遠馬の家には父がいる。セックスの時、女を殴る男が。

 遠馬の産みの親の仁子は、家を出て魚屋を営んでいる。遠馬を置いて出ていったのだ。遠馬は父の血が流れているから、と言って。

 

 遠馬は千種とセックスすることばかり考えている。九州の片田舎で遊ぶものなど何もない。学校以外はセックスと釣りだけが遠馬の生活だった。

 遠馬は父が同居している琴子さんの首を絞め、二人が達するのを見る。大嫌いな父、母を奪った暴力、否定すべきその光景を肯定するかのように勃つ己。

 ついに遠馬は千種に手を上げてしまう・・・

 

「殴った時はなんの覚悟もなかったじゃろうけど、いっぺんでもやってしもうたんじゃったら覚悟しちょき。どんな目に遭うか分からんよ。うちもね、最初にやられた時は、本気で、殺そうと思うたくらいじゃったけえ。なんであん時やらんかったんかって、いまでも不思議なそ。ほいでもね、あの男、恐ろしげな目で、あんたもここんとこそうなっちょる、その目でうちのこと見下ろしてからいね、自分が気持ちようなりたいだけで殴るんじゃけどよ、あの目は右手のないそを笑うとりはせんかった。ばかにしとりはせんかった。ただ殴りよるだけじゃった。」

 

 仁子さんは戦争の被害で右手を失った。遠馬の父は気にしなかった。他の人が馬鹿にすること、遠巻きに距離を取るようなことはしなかった。仁子さんは遠馬の父より十も上だったが、父にとって、女はただ女なだけであったのだ。

 仁子さんは魚屋で働いていたのだが、父の暴力から逃げ、魚屋を譲り受けた。義手をつけ、魚屋を切り盛りし一人で生きていくようになる。

 

 遠馬も父も年上の女性の包容力の中で生きている。川を女の割れ目だと父が表現するが、その川も、下水工事が終われば汚いものは流れなくなる。汚いものは駆逐される運命なのだ。

共喰い

共喰い

  • 菅田将暉
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 仁子さんが義手を父に突き刺したまま捨てるシーンが好き。いつか来るこの時のために、逃げずにこの川辺に居続けてくれたんだな、という女が女を守る、という構図。

 その役目を終えた瞬間、また女が始まる、という新たな人生のスタート。やっぱ、いい作品って構想が厚いんだろうな〜と思って読んでいました。