《内容》
サリンジャーが封印したシーモアとホールデン
もうひとつの「ナイン・ストーリーズ」
ああ、人生って、目を見開いてさえいれば、心躍る楽しいことに出会えるんだね――。「バナナフィッシュにうってつけの日」で自殺したグラース家の長兄シーモアが、七歳のときに家族に宛てて書いていた手紙「ハプワース」。『ライ麦畑でつかまえて』以前にホールデンを描いていた短編たち。死まで続いた長い長い沈黙の前に、サリンジャーが生への祈りをこめて遺した九編。
文庫版が出てたから、即買い!
ナインストーリーズも柴田さんの訳で出てるんだけど、今の野崎さん訳で読みすぎて違和感が…買おうか悩む。
ものすごく悲しい
サリンジャーの作品の中で一番戦争の色が濃いんじゃないかな、と思います。
「ナインストーリーズ」も戦争色が強いけど、どちらかというと戦争後、もしくは残された者、生き残った者の語る話だった。
だけど、本作は戦地からの物語、もしくは戦時中の当事者の話なのだ。
サリンジャーの実体験の影響だろうと思うが、本当に悲しい。ものすごく胸に迫る。これは本当にたくさんの人に読んでもらって、この苦しみや痛みを伝染させたい。
ホールデン、どこにいるんだ? 行方不明なんて知らせは気にするな。隠れんぼなんかしてないで、出てこい。どこでもいいから出てきてくれ。きこえるか? 頼む、頼むから。すべて覚えているから、もどってきてほしいんだ。楽しかったことは何ひとつ忘れられないんだ、だからもどってきてほしい。きいてくれ。だれかのところにいって、士官でも、GIでもいいから、ここにいますといってくれーー行方不明じゃありません、死んでません、ここにいますといってくれ。
(このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてる)
ヴィンセントはトラックの中で特殊部隊の中尉が来るのを待っている。今日のダンスに行けるのは三十人だけど、トラックの中には三十四人いる。四人は帰さなくちゃいけない。この四人を殺そうか、とヴィンセントは悩む。一方で弟のホールデンが行方不明になったという知らせを信じることができない。
軍曹として四人を選ばなければならない、目の前の男たちは殺してやろうかと思うのに、弟の帰りは懸命に祈る。
戦地の孤独、むき出しのエゴ、懸命な祈り、そういったものが降りしきる雨とぬかるみと一緒に滲んでくる。
猛烈に悲しくて大好きな一作だ。
嘘は絶対に、だめだ。ヴィンセントの彼女に、彼は死ぬ前、煙草を吸いたがったと思わせてはならない。彼は勇敢に微笑んだとか、最期に立派な言葉を口にしたと思わせてはならない。
そんなことはなかったのだから。
(他人)
戦死したヴィンセントの恋人に会いにきたベイブ。ヴィンセントのことを知りたいんじゃないかと思って会いにきたのだ。だけど、ベイブは悩む。
現実と、待っていた者が聞きたいことには大きな乖離がある。自分達がくぐり抜けてきた死線と日常の想像の中での戦争は同じ「戦争」ではないのだ。