深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

カメレオンのための音楽/トルーマン・カポーティ〜カポーティが生涯イノセントを愛していたことがよくわかる〜

スポンサーリンク

《内容》

現実にあった残虐な連続殺人と刑事の絶望的闘いを描く中篇「手彫りの棺」。悪魔と神、現実と神秘の間に生きる人間を簡潔、絶妙に描く表題作など珠玉の短篇群。M・モンローについての最高のスケッチ「うつくしい子供」など、人の不思議さを追及した会話によるポートレート集。巨匠、最後の傑作。解説/川本三郎

 

やっと手に入れた!

昔の本、絶版になっていて全然手に入らない。

オコナーの「秘儀と習俗」なんて中古しかないのに信じられない高額になってる〜

 

 読書メーターとかAmazonの口コミとかでも多いけど、確かに物語に入る前の「序」が面白くて。カポーティの語りなんですが、ほんと恨み節というか、本心曝け出し、という具合が最高に好き。

 デビュー作「遠い声 遠い部屋」の評価について少しだけ引用する。

 

(中略)

「こんなに若い人が、かほどまでに書けるとはただ驚くばかりである」などの評言もあった。”驚くばかり”とはいったいどういうことか。私は十四年間ひたすら来る日も来る日も書いてきたのである。しかしながらも、この小説は、私の成長のとりあえずの結実に違いない。

 

 「遠い声 遠い部屋」はカポーティ二十三歳のときなんですね。だから、やはり若さが際立っていたわけですが、カポーティからすればもう相当鍛錬してきていたのだから、一言物申したくなるのも納得です。

 自負するだけの自覚的な努力と行動があったわけです。カポーティって幻想的だったらホラーオカルトチックだけど、ちゃんと裏付けになる表現があって、だから地に足がつきながら浮遊するような感覚があるんですよね。

 

 誰もが知っている(と思われる)マリリン・モンローを書いたという「美しいこども」が有名で、これは石田衣良もインスパイアされて同名のタイトルの本を出している。

 大体ちくまの「カポーティ短編集」と内容が被っています。

 でも、本書唯一の中編「手彫りの柩」を読むためだけに買っても遜色ない。それくらい不思議で怖くて奇妙で美しい。

 だけど、私はカポーティのダメ人間っぷりというか、壊れっぷりだったり、太宰治的な人への興味と弱さを放って置けなくて一緒に堕落していく姿が愛しくて愛しくてしょうがないので、ここでは「一日の仕事」を紹介する。

 

一日の仕事

 

メアリー・サンチェスとの付き合いは一九六八年にはじまり、以来ずっと、彼女は私の住居を定期的に掃除してくれている。彼女は良心的な女性で、仕事ぶりにはかげひなたがない。

(中略)

 以前に一度、彼女が一日の仕事を順ぐりに片づけていくのに一緒したいと言ったことがあるが、そのときメアリーは、かまわないよ、本当のところ、連れがいたほうが楽しいし、とこたえてから、こう付け加えた。「仕事をやってると、ときどき無性に淋しくなることがあるのよ」

 というわけで、私たちは四月の朝の小雨の中を相合傘で歩いている。最初の行先は、東七十三丁目に住むアンドリュー・トラスク氏のアパートメント。

 

 メアリーは掃除婦で、彼女がクライアントの家に行くとき、大体家の中は空っぽだ。忙しい住民に変わって部屋を掃除するだけでなく、家族からの電話の引き継ぎもする。

 

 二人は他人の家に入り、あらゆるアイテムをこき下ろし、秘密を暴いていく。何も問題なんかない。問題があるのは家主が帰ってきた時に彼らがまだ家の中にいる場合だ。

  

 バーコウィッツ家の冷蔵庫の内部は、大食漢の夢、カロリーの宝庫である。家の主人が二重顎を誇っているのもなるほどとうなずかれる。

(中略)

ああ、なにか食べたいね。ねえ、ココナッツ・カップケーキ、おいしそうじゃない?それに、あのモカ・ケーキも。アイスクリームを上にのせて食べようよ」大きなスープ皿を二枚見つけると、メアリーはカップケーキ、モカ・ケーキ、こぶし大のピスタチオ・アイスクリームをたっぷりとその中に詰め込む。私たちはそのご馳走をもって居間へ戻り、飢えたみなし児のようにそれにしゃぶりつく。

 

 二人はクライアントの家の冷蔵庫を開け、中を物色し、あろうことか勝手に食べ始め(しかも大量に)、さらには音楽をかけ、マリファナを吸い踊り始めるのだ。(面白すぎるだろ)

 そして当たり前にクライアントは帰ってきて、当たり前に怒られて、当たり前に解雇され、追い出される。(当然の結末)

 

が、私たちの浮き浮きした気分はあらかた消えていた。ペルー産のハッパの威力は薄れ、胸中に重苦しさが忍びこむ。私のサーフボードは水面下に没し、いま鮫の姿が見えようものなら、心臓が縮み上がるくらい怯えることだろう。

 

 マリファナで気分良くなっちゃって、人ん家で好き勝手して、怒られて落ち込む。とても大人とは思えない二人。この時、メアリーは57歳、カポーティはおそらく54歳だろう。(1979年4月のことなので)

 カポーティが生涯イノセントを愛していたことがよくわかる作品で、私はこれが「クリスマスの思い出」「草の竪琴」と並ぶ美しい物語だと思うのだ。

 絶版で中古でしか手に入らないのが残念だけど、カポーティ好きにはおすすめの作品です。