《内容》
その絵を描いたのは、知ってはならない秘密を知った罪深い男だ。あるパーティで出会った、冴えない男ストリックランド。ロンドンで、仕事、家庭と何不自由ない暮らしを送っていた彼がある日、忽然と行方をくらませたという。パリで再会した彼の口から真相を聞いたとき、私は耳を疑った。四十をすぎた男が、すべてを捨てて挑んだこととは――。ある天才画家の情熱の生涯を描き、正気と狂気が混在する人間の本質に迫る、歴史的大ベストセラーの新訳。
私が文章がうまいなぁ〜と思うのは、チャンドラーとモームです。饒舌という言葉がよく似合う。喋りまくっているのに、めっちゃクール。一体なんでなんだろう。キングだと饒舌そのものだけど、この二人は饒舌なのに寡黙なイメージがあり、それが猛烈にかっこいいのだ。
あと、サリンジャーの訳の時から薄々思っていたけど、金原さんの訳がめちゃくちゃ読みやすい。どうか金原さんにドストエフスキーを訳してほしい。
この物語においてあなたは探偵だ
芸術家は、作品だけでなく自分自身をも投げ出す。芸術家の秘密を探る楽しみは、探偵小説を読む楽しみに似ている。その謎は宇宙の謎と同じで、答えがないからこそ魅力的だ。ストリックランドの絵は、目立たない小品でさえ謎めいて複雑な悩める魂を感じさせる。だからこそ、彼の作品を嫌う連中までも惹きつけ、彼の人生や人となりに興味を持たせてしまうのだ。
あまりに有名な「月と六ペンス」。画家・ゴーギャンをモデルにしているけれど、決してゴーギャンではないです。それだけは注意。
主人公は駆け出しの作家で、芸術好きな夫人が開くパーティで夫のストリックランドを紹介される。証券マンで寡黙でコミュ障な彼を夫人は俗っぽい、と評する。
芸術好きな夫人とは対照的に思われた彼があるとき突然姿を消す。夫人は唐突に告げられた離婚と家出に戸惑い、主人公に彼を追いかけて、許すから戻ってきてほしい、という私の気持ちを伝えてくれ、とお願いする。
なんでも彼は浮気をして、その女と一緒になるため夫人を捨て、全財産を持ってパリで悠々自適な生活を送っている、と噂が立っているのだ。
面倒さと共に人情も持ち合わせている主人公は(マーロウと一緒なんだよなぁ)だりーなーと思いつつパリに行くのだった。
「女ってのは精神が貧困だ。愛、何かというと、愛だ。男が去る理由は心変わりしかない、と決めつける。きみは、わたしを女のためにこんなことをするような馬鹿だと思っているのか?」
しかし事実はそんなことではなく、彼は安宿に泊まり一人だった。この時、彼はすでに四十歳だった。四十歳から挑戦するほどの才能があるのか、と問うと彼はそれには答えず、ただ「描かなければならない」と言っただけだった。
かくしてストリックランドのパリでの貧困画家生活と、同じく画家で人の良いストルーヴェ、主人公の物語が始まる。
これは道徳的な物語ではない。芸術に身を捧げるということが、どれだけ難しいことか、その道を志すことが、時には自分だけではなく他人にも血を求めることになるということの記録だ。だからこそ芸術はただの綺麗事ではなく、本物の美しさを保有し続ける。そのことをストリックランドの人生を通し、主人公はわたしたちに教えてくれる。
ギャツビーといい、英米の第三者が語るスタイルがめちゃくちゃ好きなんだよなぁ。