深夜図書

不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

車輪の下/ヘルマン・ヘッセ~挫折したときに故郷に帰りたいと思う人は、なぜそう思うのか。~

《内容》

ひたむきな自然児であるだけに傷つきやすい少年ハンスは、周囲の人々の期待にこたえようとひたすら勉強にうちこみ、神学校の入学試験に通った。だが、そこでの生活は少年の心を踏みにじる規則ずくめなものだった。少年らしい反抗に駆りたてられた彼は、学校を去って見習い工として出なおそうとする……。子どもの心と生活とを自らの文学のふるさととするヘッセの代表的自伝小説。

 

 

 

名前だけ知ってる名作シリーズ。

これ分かる人には痛いほど分かるし、分からない人にはあんまりピンとこない気がします。

やっぱり勉強って出来る、出来ないじゃなくて、やりたいかやりたくないか、なんじゃないかと思う。そんなことを言うと勉強なんて全てやりたくない!と思うかもしれないけど、それなら大人の習い事や趣味なんて生まれないと思うから、人って好きなことは自ら励みたいと思うようにできている気がする。

 

 

 

 

 

故郷で生き返る人、絶望する人

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たぶん例の思いやりのある助教授を除いては、細い少年の顔に浮かぶとほうにくれた微笑の裏に、滅びゆく魂が悩みおぼれようとしておびえながら絶望的に周囲を見まわしているのを見る者はなかった。学校と父親や、二、三の教師の残酷な名誉心とが、傷つきやすい子どものあどけなく彼らの前にひろげられた魂を、なんのいたわりもなく踏みにじることによって、このもろい美しい少年をここまで連れて来てしまったことを、だれも考えなかった。 

  主人公ハンスはシュヴァルツヴァルトの小さい町に初めて生まれた天才だった。

病弱だった母親はすでに亡くなっており、父親と暮らすハンス。

この小さな町の大人達は自分の息子に学問をさせて役人にしようという野心を持っていた。しかしそれはほとんど例外なく満たされない夢であった。

ハンスは自らの父親の野心だけでなく、この町の大人達の野心も背負って神学校に進学したのだった。

 

 ハンスは最初は勉強することに不満を持っていなかった。寧ろ同学年の子供たちを出し抜いてトップに立っているという優越感の方が勝っていた。しかし、神学校に入学してハイルナーという詩人希望の男の子と出会ったことでハンスの世界は格段に変わっていく・・・。

 

この物語の最後はとても悲しい。

 ハンスにとって、故郷とは自分に勉学のみを求めた地であった。つまり、神学校を卒業できずに戻ってきたハンスを故郷は求めていないのだった。

挫折したときに故郷に帰りたいと思う人は、なぜそう思うのか。

なぜ彼はもっとも感じやすい危険な少年時代に毎日夜中まで勉強しなければならなかったのか。なぜ彼から飼いウサギを取り上げてしまったのか。なぜラテン語学校で故意に彼を友だちから遠ざけてしまったのか。なぜ魚釣りをしたり、ぶらぶら遊んだりするのをとめたのか。なぜ心身をすりへらすようなくだらない名誉心の空虚な低級な理想をつぎこんだのか。なぜ試験のあとでさえも、当然休むべき休暇を彼に与えなかったのか。

 

いまやくたくたにされた子馬は道ばたに倒れて、もう物の役にもたたなくなった。

 故郷に帰りたいと思う人はきっと、感じやすい危険な少年時代にはその危険さを封じ込めることなく自分の一部として様々な形ややり方で向き合い、将来の役に立たない遊びを無心で行うという、いわゆる子供らしい子供時代を過ごしたのではないだろうかと思う。

 たとえば将来の役に立たない遊び。

サッカー選手になりたいわけじゃないけど、ただ楽しいからやる。自然が近くにあるならハンスのように魚釣りをしたり、川で石を拾ったり、道端に倒れてる手負いのスズメの世話をしたりっていうことは直接将来の役に立つわけではない。

直接将来の役に立つことを目的とするなら、ひたすら英語を覚えたり習い事に集中したりすることになるでしょう。

 

 たぶんどこの学校にもクラスの中の一人や二人は、習い事でいっぱいいっぱいだったり、テストの点に脅えていたり、頭一つ飛び抜けていた子がいたのではないでしょうか。

 

正直なところ、どちらか良いとか悪いとかいうのは分かりません。結局それを良しにするも悪しと思うのも本人次第だからです。

 

だけど本書の主人公ハンスはこの世界からいなくなってしまいます。

故郷に帰って来ても、帰る場所がなかったのではないかと私は思います。

 

思い出というのは目には見えないし、人の悪意も目には見えない。

心で感じるものであり、嫌でも感じ取ってしまうものでもあります。

少年時代の匂いや感情を形として残すことはできないし、人の悪意を「こう思っているんだろう」と突きつけることもできません。

私たちはそれをただ感じて受け止めることしかできない。

 

そうやって生きていくこの世界で、未来へ足が進まなくなったとき、故郷を思い出す人がほとんどだと思います。

あの頃は良かった、あの頃は楽しかった、あの頃は辛かったけど、それでも今より・・・といった具合に。

 

だけどハンスにはそういう美しい過去がなかったように思います。

あったのだけど、それらは全て取り上げられてしまったものとして記憶されていました。

 

大人はハンスに希望を乗せ神学校まで走らせました。

その結果ハンスには帰る場所がなくなってしまった。

誰も、ハンスが故郷に戻ることを考えなかった。前だけを向いて走るものだと決めつけていた。

 

 生まれた場所である母体がすでに失われていたハンス。ちょっとエヴァのシンジくんのことを思い出しました。彼もまた故郷がない少年でした。