≪内容≫
大学二年の春。清水あやめには自信があった。世界を見るには感性という武器がいる。自分にはそれがある。最初の課題で描いた燃えるような桜並木も自分以上に表現できる学生はいないと思っていた。彼の作品を見るまでは(「しあわせのこみち」)。書下ろし一編を含む扉の開く瞬間を描いた、五編の短編集。(講談社文庫)
肯定の物語。
生きている中で、どれだけ人に傷付けられようが、傷付こうが、また違う人に出会い、癒され、励まされ、また世界に戻っていく。
一人が好き。
だけど、一人じゃ気付けなかった景色がたくさんあって。
教えてもらった景色は今まで一番キレイなものだったりして。
そうやって、人と人は衝突しながら支え合いながら生きていく。
アスファルト
ああ俺、人間が好きなんだ。唐突に気がついた。
気がついてから思った。気づかなければ良かったと思った。
あの居心地のいい闇にはもう戻れない。
ずっと彼らと関わって生きていく。
自分からそうすることに、たった今覚悟を決めてしまった。
この世界には、たまに理不尽なひどいことがたくさんある。目を背けたくなるくらい、嫌なニュースもたくさんある。
その中で生きていく。自分がそうしたいと思っていることに、気がついてしまった。
泣きたいくらい、それは切なくて苦しい気持ちだった。
友達の痛みに共感したり、募金したりすることは偽善者で薄っぺらいと友達に言われた。
自分の部屋が溜まり場のように扱われて、そこに来る友達の一人が自分のことを「八方美人」だと周りに悪口を言って回っているから、関係を切れと言われた。
だけど、悪口を言って回っているという友達は何ともない顔で、また自分の部屋に来た。
彼女と来るはずだったドイツに一人で来て、色んなことを思い出したり、その場限りの無責任な旅行者として現地の人と戯れる。
一人は楽だった。
誰かといると、自分を否定されたり利用されたり傷付けられたりする。
一人なら、旅行者というゲストなら、そんな煩わしさはない。
だけど、この旅を通してそれでも人間が好きだと気がついたのだった。
この作品はすごく懐かしかったです。
やり方は違うけど、私も主人公と同じように、閉じこもったからこそ人間が好きだ!と思いました。
人間関係で嫌になったりしたときは、思い切って全て拒絶してとことん人と関わることを辞めた方がいいです。
人を嫌いなまま生きていくより、人を好きになって生きていく方が楽です。
だからもし、生きていくのが辛いくらい人間が嫌いになったらほとんど関わらずに生きてみることをオススメします。
閉じるのです。鎖国です。
私の鎖国期間は5年です。はっきりと分かります。
一度思いっきり拒絶した中で見つけた答えは長持ちしますよ。
何も信じない、彼氏と親友以外誰とも付き合わない、家族とも距離を置く、仕事は徹底して裏方のバイトに変えて、仕事以外で一切誰とも関わらない、定時に絶対帰る・・・そういう生活していたら、唐突に「私、こんな世界は嫌だ、もっと人と関わりたい。もっと色んな人と話したい、笑い合いたい、もっと楽しみたい」と思ったんですよ。
ここで生まれた答えは今も強く残っています。
今はその当時の人と関わりたいという反動で接客業をしていて、ムカツクお客さまもいます。だけど鎖国する前の「人間なんて大嫌い、接客なんて大嫌い」って気持ちにはなりません。
「むーかーつーくー!!!でも、まぁ人間いろいろいるし、たぶん、この人いい人生歩んでないから八つ当たりだな、そうに違いない!」と思っています。
たぶんこの主人公も私も、一生人間のこと好きなんだろうなって思います。
中途半端に答えを見つけるより、時間や距離をかけた方が確かな答えが見つかると私は経験から感じています。
そこでやっぱり人間が嫌いってなっても、そこまで熟考したなら、そういう自分を認めることもできると思うのです。
チハラトーコの物語
彼女はスロウハイツの神様に出てくる美少女です。
本作では29歳の彼女。彼女の確立された虚構の世界は頑なで、エンターティナーとしての嘘付きなのだと思わせる。
そんな彼女の守る世界は、はたして特別だろうか?
大好きな洋服と本。
その雰囲気に恰好から入っていく。
この世界を愛している。
愛やポリシーをどれだけはっきり持っているつもりでも、別の誰かはそれを簡単に笑い飛ばすことができる。
この世界のあちこちで、そんなことがずっと繰り返されている。
私たちが好きなものをどうか馬鹿にしないで欲しい。
誰にも、そんな資格はない。
彼女は嘘付きで、私は嘘が大嫌いなのだけれど、本作を読んで少し嘘に対して見方が変わりました。
自分の見栄のためにつく嘘とか意味のない嘘とか、世の中には色んな嘘があって、しかもその嘘の大半が意味のないもの。
だけれど、その嘘で出来た世界が見栄のためじゃなくて、その嘘で出来た世界が本人の愛する世界ならいいのかもしれない・・・と思いました。
例えば現実ではふつうのOLの女性が嘘の世界では「OLって言っても会社の受付嬢」という花のあるポジションになっていて、それこそが彼女的愛すべき世界なのかもしれない。
彼女は嘘で人を喜ばせ、嘘で人を牽制し、嘘である人を救いました。
息をするように嘘と一緒に生きてきた彼女が、嘘ではない真実の世界へと歩き出す物語。
彼女は言う。
"嘘を付くのは疲れないけど、現実世界で自分を表現するのは疲れる”と。
樹氷の街
出た!たぶん辻村さんの作品で二大好きな作品。
本作は凍りのくじらから郁也、ぼくのメジャースプーンから秀人とふみちゃんが出ています。
合唱コンクールをきっかけに、深く同級生を知る話。
上辺だけじゃなくて、実はこいつこんなイイトコあるじゃん!実はイイヤツじゃん!みたいな、そういう話です。
郁也がピアノのことを周りに隠していること、海外からの留学の誘いに乗り気でない理由など、凍りのくじらでは小さかった郁也の成長が愛しい作品。
もちろん単体のお話としても成り立っていますが、凍りのくじらでの郁也に胸を打たれた私としては老婆心のようなものが働き「ううう・・大きくなって・・・」みたいな近所のおばちゃん的感動で胸がいっぱいでした。
本書にはあと「しあわせのこみち」というお話が収録されています。
このお話もすごく素敵だったなぁ。
小さい男の子が出てくるんですが、その子の存在が彼女の世界を壊すきっかけになったと思っています。
生きるって決して美しいことではないよな。