《内容》
捨子ではあったが京の商家の一人娘として美しく成長した千重子は、祇園祭の夜、自分に瓜二つの村娘苗子に出逢い、胸が騒いだ。二人はふたごだった。互いにひかれあい、懐かしみあいながらも永すぎた環境の違いから一緒には暮すことができない……。
古都の深い面影、移ろう四季の景物の中に由緒ある史蹟のかずかずを織り込み、流麗な筆致で描く美しい長編小説。
すごく静かな物語。双子の片方は捨てられた後、裕福な家に拾われていた。捨て子の方は「なぜ双子のうち私の方が捨てられたのか?」という憎しみが芽生え、家に残った方も裕福な暮らしをしている姉妹に嫉妬の感情が芽生えることの方がイメージしやすいのだけど、この物語は違う。憎しみも嫉妬もないけれど、一度離れたらもう二度と交わることのない人生を双子は選ぶのだった。
他人の人生とは幻
「お嬢さん。」と、呼んで、娘は右手をさしのべた。千重子はその手を取った。皮の厚い、荒れた手だ。千恵子の柔らかい手とはちがう。しかし、娘はそんなことを、気にかけないらしく、握りしめて、
「お嬢さん、さいなら。」と、言った。
主人公は捨て子ではあるが商屋の一人娘として大事に育てられた千重子。美しく成長した千重子と50歳を過ぎて家業の未来を憂う両親。千重子には何人かの結婚の話も来たが、自分が捨て子であるという事実がいつも千重子に影を落としていたのだった。
祇園祭の夜、千重子は双子の妹と名乗る自分そっくりの娘・苗子と出会う。苗子は北山杉の娘で男と同じように働いていた。自分と同じ顔でありながら健やかでたくましい苗子に動揺するも千重子は苗子と心を通わせようとするが、身分の違いを悟った苗子は千重子の元から去っていくのであった。
あくる朝、苗子が起きたのは、じつに早くて、千重子をゆりさまして、「お嬢さん、これがあたしの一生のしあわせどしたやろ。人に見られんうちに、帰らしてもらいます。」
ゆうべ苗子が言ったように、ほんとの粉雪は、夜なかに、降ったり、やんだりしたらしく、今はちらつき、冷える朝だった。
千重子は自分に心を寄せる秀男に苗子のために帯を織ってほしいと依頼する。着物屋の一人娘の千重子に姉妹がいたことも驚きではあったが、身分の高い千重子の願いを断ることもなく秀男は言われた通り苗子のために帯を織り、苗子が住む北山杉まで届けに行く。
秀男は次第に苗子に惹かれていき、千重子も苗子に秀男をすすめるが、苗子は身代わりは嫌だし、もし秀男と結婚しても彼の心にはいつも千重子の幻がつきまとうだろうと涙するのだった。
その後も付き合いを続けようとする千重子に対し、苗子は千重子と出会って過ごした数日を”幻”とし北山杉へと帰っていくのだった。
千重子の誘いに乗れば裕福な家の養子となり生き別れの兄弟と暮らすことも華やかな着物を着て過ごすこともできた。そんなもう一つの道が苗子の人生に突如として開かれたが、苗子はその道を幻として生まれ育った森の中へ帰っていく。
この生き別れの姉妹の数日を京都の美しい街並みと祇園祭、北山杉と粉雪とで彩り、しかし最後には"幻"として昇華していく本書は"美しい"としか言いようがない。