深夜図書

不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

女のいない男たち/村上春樹~世界はそっくりそのまま月の裏側なのだ~

≪内容≫

「ドライブ・マイ・カー」「イエスタデイ」「独立器官」「シェエラザード」「木野」他全6篇。最高度に結晶化しためくるめく短篇集。

 

 

 男になったことがないので分かりませんが、芸能人のニュースとか見てると「ああ・・・」って残念になることがあります。

女でダメになる男の人って多いのかな?ってそういうときに思います。

 

ただこの小説で書かれているのは女でダメになる男たちではなく、女のいない男たちなのですが、別にいなきゃいないでいいじゃんって思ってしまうのは、女は女同士で明け透けに物事を話せるからかもしれないなぁ・・・としっぽり思いました。

 

 

 

独立器官

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独身でスペックの高い美容外科医が本気で女を好きになったら死んじゃった話。

思うのだが、その女性が(おそらくは)独立した器官を用いて嘘をついたのと同じように、もちろん意味あいはいくぶん違うにせよ、渡会医師もまた独立した器官を用いて恋をしていたのだ。

それは本人の意思ではどうすることもできない他律的な作用だった。あとになって第三者が彼らのおこないをしたり顔であげつらい、哀しげに首を振るのは容易い。

 

しかし、僕らの人生を高みに押し上げ、谷底に突き落とし、心を戸惑わせ、美しい幻を見せ、時には死にまで追い込んでいくような器官の介入がなければ、僕らの人生はきっとずいぶん素っ気ないものになるだろう。 

 恋に落ち、その相手に裏切られ、自ら生命を維持する行為をやめた渡会医師。

それを人は「恋わずらい如きで」と笑うかもしれないが、本当の恋とは命がけなのかもしれない。

 

お金なり容姿なり何かの条件に魅せられていたった恋は独立器官というより、自分で制御可能な理性なり意識なりが介入していると思います。

 

恋とはまた違う話なのかもしれませんが、男と女というのは表裏や光と影の関係であったりもするので、二つで一つ的なものがあるのだと思います。

常に縄の両端をそれぞれが引っ張りあって生命を保っているようなイメージです。

なので一人なら張りは出来ないし、引っ張りあっていた片方がどこかへ行ってしまえば、その反動で相手は尻もちをつく。

 

「独立器官」での渡会医師は、非常に良い人間であった。

手術の腕もよく、他人にもやさしく、また清潔感もありきちんとしていた。

しかし、常に浮気相手や不倫相手に徹するという良くない部分あった。

 

村上春樹の作品の魅力は「結局どうすれば失わないで済んだのか?」という答えがないところにあると思います。

失うんです。誰でも。

なぜなら全ての人間の人生は失う物語だから。

 

この物語で言えば、渡会医師は例の彼女に会うまで均衡が保てていた。良き人間でありながら、心から誰も愛せないという欠陥があった。

だからこそ、生きていられたのだと思います。

人は100%善とか悪とかそんな風だと破滅してしまいます。

善と悪は一体なのです。

善があるから悪が生まれ、悪があるから善が在る。

なので偏れば破滅しかないのです。

彼女の心が動けば、私の心もそれにつられて引っ張られます。ロープで繋がった二艘のボートのように。綱を切ろうと思っても、それを切れるだけの刃物がどこにもないのです。

彼女が動いたのは良くない道です。

夫と子供を捨て、渡会医師を捨て、あまり褒められた人間ではない第三の男と駆け落ちします。

渡会医師が絶食状態に陥り、生死を彷徨う状態だと聞かされても頑なに会わないことを決めた女性でした。

渡会医師の秘書によると、医師の多額のお金が彼女に渡っていたようです。

 

私は夫と子供を捨て、渡会医師を捨て、あまり褒められた人間ではない第三の男と駆け落ちすることに関しては、理性なり道徳なりを超えた愛を見つけたかもしれないので、判断しようがなく、この時点では彼女が悪だとは決めつけられません。

ですが、他人のお金を奪うことは悪です。

 

均衡を保っていた渡会医師の心は彼女の悪に思いっきり引っ張られて沈んでしまいました。

 

素っ気なくともそれなりに楽しい人生か、命がけの恋がいいか、それは人ぞれぞれですが、命がけの恋は必ずしも死がつき纏うわけではないと思いますが、正しくないこともあるのです。

 

正しくない人に惹かれ、命を落とすこともある。

恋って素晴らしい、恋って楽しい、切ない、苦しい、だけじゃ済まされない。

好きならそれがハッピーエンドになるとは限らない。

 

 

 

木野

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妻の不倫現場を目撃し、その後離婚。不倫相手は会社で一番親しくしていた同僚のため会社をやめてバーを経営することにした男(木野)の話。

「木野さんは自分から進んで間違ったことができるような人ではありません。それはよくわかっています。しかし正しからざることをしないでいるだけでは足りないことも、この世界にはあるのです。そういう空白を抜け道に利用するものもいます。言っている意味はわかりますか?」

正しからざることをしないでいるだけでは足りないことも、この世界にはあるのです。

 

はぁ~。

ほんと厳しい。

村上春樹の作品はほんと厳しい。

いや、村上春樹の作品というか人生って厳しい。

 

木野は被害者です。

出張から一日早く帰ってきたら、妻が同僚の上に裸で跨っている場面に遭遇というえげつない裏切りに直面します。半端ないダメージだと思われます。

しかし、木野は二人を責めたり訴えたりすることもなく、自分が会社を辞め身を引き(離婚)、二人が順調に進んでいることに関しても怒りの感情をもっていませんでした。

 

ここまで読んだら、木野めっちゃイイ奴だな・・・って思うのですが、このイイ奴ってイイのか?ってことなんですよね。

 

木野は自分から裏切ったわけでもないし、元妻や元同僚に対して傷付けるような発言なり行動なりはしていません。

悪いことはしていない。

悪い人間に加担してもいない。

だけど、自らは何もしようともしない

 

木野は自らの痛みから逃げ、目の前の厄介事に眉は潜めても、目を瞑るような人間になっていた。木野だけじゃなく、こういう人間の元には色んな人間が色んな厄介事を隠しにくる。

そしてその行為に目を瞑ってしまうのは、自分に降りかかってきた痛みから逃げているからなのです。

 

それがどんなに痛かろうが、自分がとんでもなく傷付くと分かっていようが、そこで一度自分を受け入れないと、受け入れなかった隙間にどんどん他人の厄介事が押し寄せて、そこに隠し事を詰め込まれてしまう。

 

それは新たな悪の温床にも成り得るし、自分も知らず知らずに悪に加担するという状況を作る可能性が高くなる。

 

木野のような内に溜めこむようなやさしい人間の元には、もちろんやさしい人間も現れるけれど、心地よいのは悪を持ち寄る人も同じ。

 

村上春樹の作品は読みやすい割に、すごい厳しい。シビア。

結局失うし、何もしなくてもダメだし、相手を受け入れても自分の痛みと向き合えなきゃダメだし、分かってるけど出来るかよ!!!と思いたくなるくらい。

 

だけど、こういう結果になってしまった人がいると思う。

それはニュースで見るような事件とか悲しい最期とどこか重なる。

 

報いを受けるのが全て悪人なら、こんなに簡単なことはないのに、世界はそんなに単純じゃない。

だからこそ悪はなくならないし、誰かを盾にして悪事を働く奴とか免罪とかもなくならない。

小説家っていうのは、こういうことを直接的に言うのではなく物語として語ることで人に伝えているんだと思うと本当にすごいな、としみじみ思います。

 

 

一番好きなのは「イエスタデイ」。

とても美しい夢なの。いつも同じ月。厚さはいつも二十センチ。

下半分は海に沈んでいる。

私はアキくんにもたれかかっていて、月は美しく光っていて、私たちは二人きりで、波の音が優しい。

でも目が覚めると、いつもとても悲しい気持ちになる。

もうどこにも氷の月は見えない。 

 

 

明日僕らがどんな夢を見るのか、そんなことは誰にも分らないのだから。