《内容》
「わたし、馬と話ができるのよ…」あのこはそういった。村の遠くでサイレンがなり、高い空に、きれいな鳥みたいな飛行機が、いくつもいくつも町へむかって飛ぶのが見えた。町が空襲にあったのは山あいの村からあのこが消えた夜のことだった。日本がいくさに負けた年の疎開地での少年と少女を描いた永遠の名作「あのこ」など、児童文学の第一人者が魂を込めた「あの戦争と少年少女たち」の物語。抒情的なファンタジーから、おとなが語る戦争の真実、そして幻想的な童話まで―子どもにもおとなにも読んでほしい感動の名作十六篇を一冊に編集した、オリジナル文庫。
戦争がもたらす苦しみは、戦争が終われば無くなるわけじゃない。戦後、親を失い孤児となった”戦争孤児”の方のお話を聞くと、戦後にはまたもう一つの”戦争”が待っているのだと思った。
本書は"童話集"なので、そこまでキツく辛い物語はないけれど、一つ一つの描写が美しい。まるで『ほたるの墓』で夜の中に舞うほたるの光にように儚い美しさがあり、このような景色は"戦争童話集"特有のものなのだと、本書を読んで思ったのでした。
あのこ
月が青く風が青くて、夜はガラスざいくのようにキラキラしていた。
それから、いっしょにかえって、わらの中でねた。あのこは、子馬の横で、おなじ毛布をかぶって、ねた。
あの日からずっと、あのこは、としとったネコのように、日だまりをみつけてはそこにすわりこみ、まっ黒い夜のなかを走る馬をゆめみつづけた。馬は星のにおいがした。だれにもかまわず、だれにもかまわれず、あのこはひっそりすわりつづけていた。
馬と話せるという”あのこ”。疎開でやってきた”あのこ”。
街の子供たちに「馬と話せるならやってみろ」と馬と二人で子供たちに囲まれた”あのこ”。びっくりして駆け出した馬にひきずられてうそつきと仲間外れにされた”あのこ”。
そして、あのこはひとり、誰に知られることもなく町に戻り、町は空襲で焼け野原となった。日本がいくさに負けた年の初めの「疎開地」の村で起きた話であった。
本書に出てくるのは空襲で亡くなった子供だけでなく、闇市で盗みを働き逮捕された兄弟、盗みして生き抜いた母の記憶、戦争後永遠に見ることのできなくなった花・・・
”あのこ”が馬と寝ていた理由。子供より馬の方が価値が高かった時代。冷たい大人たちと暖かく優しい眼をした馬の方が子供に寄り添ってくれたのだろう。
表紙にも書かれている馬の上半身と男の子の下半身。逃げる兄弟を助けるのもまた馬であったし、馬というのはきっと頼りになって優しい頼れる存在だったのだろう。
戦争中や戦後を生きることと今の平和な時代で生きることは、同じ”生きる”なのだけどエネルギーが全然違うと思う。私はなんかもっと真剣に生きたいと、最近よく思うのであった。そういうとき、強い言葉がなくても戦争の物語は私の背中を押すのだった。
こんなにつらく苦しいのが「戦争」なのに、生を絶対肯定するのはいつだって戦争の物語なのであった。