深夜図書

毎日23:30更新の書評ブログです。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

ファミリーポートレイト/桜庭一樹~苦しい過去だけじゃなくて幸福からも立ち直るということ~

≪内容≫

最初の記憶は五歳のとき。公営住宅の庭を眺めていたあたしにママが言った。「逃げるわよ」。母の名前はマコ、娘の名前はコマコ。老人ばかりが暮らす城塞都市や奇妙な風習の残る温泉街。逃亡生活の中でコマコは言葉を覚え、物語を知った。そして二人はいつまでも一緒だと信じていた。母娘の逃避行、その結末は。

 

 

今までの桜庭一樹の作品とはまた一味違う印象です。

読み進めるのが今までの作品と段違いで大変でした。

内容は「私の男」よりだけど、語り口は「推定少女」のようなポップさに近い。

コマコ5歳~33歳までの物語。

母と一心同体で在り続けたのに、ある日一人ぼっちになってしまったコマコ。

母と娘、家族、女、愛・・・

 

あたしにとって人を愛するというのは、悲しくて、すごく自己犠牲的で、どうしようもなく醜い行為だ。

愛とは絶望で。

その人だけがたとえようもなく輝いて見えるからこそ、愛とは、強い自己嫌悪でもあって。

己が、

死ぬか。

相手を、

殺すか。

あたしの内側からは、そんなふうに胸をかきむしって苦しまない限り、激しい愛情が生まれなかった。

それに、そんな感情を、一度の人生で二度も三度も味わいたいとは思わなかった。

 

 

マコとコマコ

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マコとコマコの逃亡生活。

その中でコマコはマコの子どもから女に成長していく。

背が伸びて、生理が始まる。

そして、マコはコマコの去勢を行う。

伸びた髪の毛をばっさりと短髪にしてしまう。

もう、原初の記憶にあるような、この世にマコとコマコの二人きりと信じられるほどの幸福な眠りはやってこなかった。

それは不安に満ちて、愛しむというよりすがりつくようで、二人とも黒くて、つめたくて。

それはどっか、死に似ていた。

ゆっくりと心中するように、毎夜、あたしたちは抱きあって眠った。

5歳だったコマコは14歳になっていた。

もう大人がいつでもついていなければいけない年齢はとっくに超えている。

コマコのマコへの忠誠が変わらなくても、確実に変わっていくコマコの容姿はマコにいやでも時の流れを感じさせただろう。

マコは大人になろうとするコマコを殴るようになった。

どこに行きたいのかわからない!

どうにかしたいけれど、どうにもなりたくない。

向上心なんていっさい持てない。ママをおいてどこにも行けない。ママを愛してる。でももうママに疎まれてる。いまのあたしは、かわいがるにはおおきすぎる。ちいさな神と崇めるには、もう生臭すぎる。役に立たないだめな生き物だ。

何度も何度も色んな場所へ二人で逃げた。

だけど、最後にマコはコマコを連れては行かなかった。

灰色の湖の中へ一人で旅立ってしまった。

 

母と娘って特殊な関係ですよね。

父と息子はライバルで、父と娘、母と息子、の組み合わせではやはり性別による甘えが生じる。

唯一母と娘はライバルにもなれるし、友達にもなれる。

血が繋がっている分だけ友達よりももっと強い絆で。

だけど姉妹よりも主従関係は明らかで。

双子と呼ぶには遠すぎる距離を持って。

 

母が泣いたり苦しんでいたら子供も苦しい。

男の子に生まれたら、成長することで母を守れるかもしれない。

だけど、女の子は成長したら母と同じ土俵に立つのだ。

そこでまた母を悲しませるかもしれない。

同じ女として母が得られなかった幸せを自分がもし手に入れてしまったら。

成長する自分に母は何を見るだろう。

閉ざされた世界にいる母は、社会へ向かう娘を手放しで喜べるだろうか。

 

小さな頃は娘であるが故に一心同体でいられたのに、娘だからこそ成長は裏切りとなる。

 

 

 

コマコ、小説家になる

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あたしは次第に演じることを、現実の過去をフィクションに造りかえることを、楽しみ始めた。それはまるで錬金術みたいだった。

土くれを、金に。思いを、物語に。

そのことによって、抱えこんだ苦しみがほんの一瞬、軽くなるのだった。あたしは読むことの中毒から、演じること、語ることの中毒に移行していった。

でも同時に、事実を、物語に変態させ、さらにそれを他人に向かって語るとき、そしてそこにエンターテイメント性を持たせて楽しませようとするとき、刃物でからだ中を刺されているような肉体的恐怖におそわれた。

それは他人から振りおろされるものではなく、刃物があたし自身でもあるのだった。演じることは救いで、癖で、ないしょの自傷行為だった。語れば語るほど自分の手にからだを突き刺された。

小説家になったコマコ。

インタビューに答えるのは、昔女優だったマコの役目。

マコが一人で灰色の湖へ旅立ったあとも、コマコの中にマコは息づいていた。

 

新人賞を取ったことでコマコは一躍有名になる。

そしてそこで自分だけの自傷行為が他者に影響を与えることを知り小説の道を離れることにする。

 

コマコは金魚屋兼カフェの「赤い魚」で働きながら、そこの屋根裏部屋に住み着いた。

そこで真田という教師と出会う。

 

 

この物語、すごく移動します。

一定の土地は一つもなくて、コマコの生活の変化と共に場所も変わります。

旅行の話でもないのにここまで色んな舞台がある小説は初めてかもしれません。

人は、自分の家を起点に生活しています。

そこからどこかに向かい、家に帰る。

この移動しまくる行為にコマコの居場所のなさが感じられて切ないです。

 

そして、コマコとは正反対の朝の世界に住む真田は「一番大事なのは生活」とコマコを諭す。

生活・・・生きるための活動。

生きるための活動に全く興味のないコマコに真田は「僕が教えてあげる」と言います。

生活って当たり前すぎて考えることなかったんですが、それは生きたいと思うから自然に行っているもので、生に執着がなかったらどうでもいいことなのかもしれない。

 

この真田との出会いは、苦しみも生みますがコマコにとってとても大事な出会いになります。

 

 

 

 

コマコ、母になる

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生きている限りは、素晴らしかったことも、辛くてたまらなかったことも、なにもかもどんどん変わっていくし。生きていくって、何かを得ていくだけの旅じゃなくて、失っていくことだってさいきん思う。

誰もが、過去の不幸な出来事だけじゃなくて、幸福からでさえ、立ち直りながら、なんとかして前に進んでいくんだ。みんないっしょに

コマコの小説を読んだ真田はコマコにマコと暮らした幸せな日々の幸福から立ち直らなくてはならないと告げる。

 

コマコは真田と結婚し、執筆活動も再開する。

コマコの中のマコは長い年月をかけて、コマコの中で同化していった。

そして妊娠したコマコはベビー用品を買いに原宿に向かう。

原宿のちいさな古着屋のテレビが映していた映像に19歳のマコがいた。

お腹にコマコを宿しながら、ビキニで怪獣にさらわれる19歳のマコ。

 

それはマコとコマコのいっとう最初のファミリーポートレイトだった。

 

あたしは路上にまっすぐに崩れ落ちて、あたしたちから永遠に失われた時間のために泣く。

という一節で終わっています。

「あたしたちから永遠に失われた時間」というのは、灰色の湖にマコが沈んだときまでの時間ではなくて、マコのお腹にいた時間のことなのかな?と思っています。

"あたしたち"でいられるのは、子宮にいた時間だけで、そこから生まれおちた瞬間に別の人間に"あたし"と"あなた"になる。

マコが自分の一部になったから穏やかな時間を過ごせるようになったわけではなくて、コマコが、自分自身が成長したのだと。

 

もしくは、灰色の湖に沈んだ後も死んだとは思えなかったけれど、ここでやっとマコの死を受け入れたか。

 

ここで初めてマコとコマコは別の人間であると、コマコの中で納得が出来たのかなと思います。

長い長い年月をかけて、やっとコマコはコマコを見つけた。

 

この小説、難しいなーと思いました。

どのキャラクターにも感情移入出来ない。

自我を持っている人間にコマコの気持ちは分からないと思う。

存在理由とかではなく、自分というものがない。

居場所がないというより、自分が誰なのか分からない。

日常が、感情が、フィクションであって、自分の人生ではない感覚。

だからだと思うんですけど、とてもふわふわしているように感じます。

それは、コマコが自分のことなのに「こうしたい!」とか「苦しい!」とか「楽しい!」というのがなくて「たぶん~なんだと思う」「あたしは~する」といったように他人事なんですよね。

 

読者はコマコが何を考えているかわからない。

だけどコマコ自身が自分を認識していないのだから、それは当たり前。

 

なんか、新感覚でした。

こういう表現もあるんだなぁって感動してしまいました。

多分、自我が強い人ほど理解不能なんじゃないかなと思います。

 

コマコはなんにでもなれる。

でも自分自身にだけは絶対になれない。

演じるべき役割を与えられなくてはどこにも一瞬だって存在していられない。 

 

立ち直るべきものは、辛い過去だけじゃなくて、幸せな記憶からも解放されなければきっと前には進めない。

第三者はコマコの生い立ちを「辛い過去」と捉えるかもしれないが、コマコにとって辛いのはマコとの別れであって、そこを同一化することで納得しても、コマコがコマコを見つけられなかったのは「幸せな記憶」に囚われていたからなんですね。

 

 

冒頭からは予想もつかないほど、あたたかいお話でした。

この作品があなたの夜に滑り込むかもしれません。