≪内容≫
千里眼の祖母、漫画家の母、そして何者でもない私。戦後史を背景に、鳥取の旧家に生きる三代の女たちを比類ない筆致で鮮やかに描き上げた雄編。日本推理作家協会賞受賞を受賞した桜庭一樹の代表作がついに文庫化!
長い長い序章を超えて、やっと謎が現れる。
赤朽葉万葉・毛毱
本書の舞台は鳥取県西部の紅緑村である。
万葉
万葉は村の人間とは違う山脈に住む「辺境の人」に捨てられた。
若い村の夫婦に拾われすくすくと育ち、大きくなると赤朽葉の大奥様に見初められ、ただの万葉は赤朽葉万葉となった。
彼女には不思議な力があり、それは未来を見ることができる千里眼であった。
彼女は「空を飛ぶ不思議な男」を千里眼で見て、恋をする。
その男はもちろん実在し万葉と仲良くなるが、二人とも一言も恋心を表に出さずに生涯を終える。
第一部の主人公。
毛毬
万葉が4人産んだ内の二番目の子供であり長女。
レディース総長からの人気漫画家となった。
製鉄天使はこの毛毬の青春が詰まった一作である。
不慮の死を遂げた長男に代わり家督をつぐ男と結婚し、一人娘を産むも人気漫画家としての毛毬は子育てをする余裕もなく、漫画の連載が最終回を迎えると布団の上で冷たくなっていた。
第二部の主人公。
万葉の子供は
長男:泪(なみだ)
長女:毛毬(けまり)
次女:鞄(かばん)
次男:孤独(こどく)
と名付けられ、万葉の夫と愛人の娘:百夜(ももよ)を入れて5人。
主な主人公は万葉、毛毬だが、他の子供たちのエピソードも面白い、のだがあまりにさらっと書かれているので印象が薄い。
しかし、それこそがミステリーなのかもしれない。
赤朽葉瞳子
彼女が本作の語り部であり、第三部の主人公。
毛毬の一人娘にして、万葉の孫。
そして、千里眼の万葉・伝説のレディース兼マンガ家の毛毬と血が繋がっているとは思えないほど何も持たざる者である。
そんな彼女に舞い降りた一大事件。
それは万葉が死の間際に告げた一言だった。
わしはむかし、人を一人、殺したんよ。
だれも知らないけれど
だけど、憎くて殺したんじゃないんだよ・・・
この言葉を聞いた日から瞳子の死者を探す日々が始まります。
長い長い序章を終えて、謎が生まれたのは最終章。
謎解きの座についたのは、語るものを持たない瞳子。
シェイクスピアのハムレットの一文
人殺しの罪には、みずから語る舌はないが、因果の不思議、何かが代わりに話してくれる。
本書でその役にあたるのは瞳子。
持たざる者には持たざる者の役目があるのだ、と思いました。
たぶん、瞳子が死んだら探偵や小説家という肩書で誰かがまた語る役につき、赤朽葉家の伝説は続いて行くんだろうなぁと思います。
悩み多きこのせかいへ
わたしたちは、その時代の人間としてしか生きられないのだろうか。たたらの世界をめぐる村の男たちも、女たちも、生きたその時代の、流れの中にいた。
人間というのはとても不器用なものだ。
瞳子は"ゆとり世代"の人間です。
万葉は戦後の国全体が盛り上がっていた時代、毛毬は派手な校内暴力から陰湿ないじめへと移行しようとしていた時代に生まれ、その時代に沿うような生き方をしている。
そう考えればバブルが弾け、「あの頃は良かった」と過去を憂い現実を悲惨だと悲しむ大人たちに囲まれて育った瞳子が何も持たないのも時代に沿っている。
時代とともに死ぬことを決めた空飛ぶ男や、当時の社会に馴染めずに死んだ泪や蝶子のような物語になるような派手なものは何一つない。
そのことに負い目を感じる瞳子だが、時代によって人は変わる。
そして時代は選べない。
何人たりとも、生まれた時代の中で生きていくしかないのだ。
そしてどんな時代も「悩み多き世界」なのだ。
この作品は私の感覚ではミステリーやサスペンスではない。
その時代時代を生き抜く赤朽葉家の人々の生き様が描かれた作品です。
最後の謎が解けたときは、少し涙ぐんでしまいました。
やはり戦後の復興の情熱の強さは鬼気迫るものがありました。
私も瞳子と同じゆとり世代の人間です。
野望を持つより安定を求める世代なのかもしれない。
だけど、それでも私たちは生まれてきて生きている。
この悩み多き世界を自分なりに生きていこうじゃないか。
この世界がビューティフルワールドでありますように。