深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

砂の女/安部公房〜孤独とは幻を求めて満たされない、渇きのことなのである〜

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《内容》

砂丘へ昆虫採集に出かけた男が、砂穴の底に埋もれていく一軒家に閉じ込められる。考えつく限りの方法で脱出を試みる男。家を守るために、男を穴の中にひきとめておこうとする女。そして、穴の上から男の逃亡を妨害し、二人の生活を眺める部落の人々。ドキュメンタルな手法、サスペンスあふれる展開のなかに、人間存在の象徴的な姿を追求した書き下ろし長編。20数ヶ国語に翻訳された名作。

 

これはすごい。

何がすごいってユーモアがあるところ。

サスペンス要素もありながらドロドロはしていない。謎のユーモアさとハラハラで進んでいくが、砂の息苦しさだけは濃厚に伝わってくる。

砂の女というより安部公房がすごくて怖い。

 

立ちはだかる壁、守る壁

 

地元の人間でさえが、幽閉に甘んじなければならないとすると、この砂の壁のけわしさはただ事でないものになる。男は、やっきになって、食い下がった。

 

「そんなことって・・・あんた・・・ここの主人なんでしょう?

・・・犬じゃあるまいし・・・自由に出入りするくらい、なんでもありゃしないじゃないか!それとも、部落の連中に、なにか顔向けできないようなことでもしたのかな?」

 

 主人公の男はとある砂丘に虫取りのためにやってきた。砂丘付近には部落があることも確認できたが、男は目的の虫を見つけることに夢中になる。そこに老人が話しかけてきてもう帰りのバスはないから今夜泊まる場所を提供してくれると言う。

 

 男は老人の導かれるがまま女が一人で住む家に泊まることとなる。砂丘の頂点から女の家まで縄梯が降ろされ、男は女の家に着陸した。

 

 出された料理には全て微量の砂が混じり、空気の中にもどこにも砂が混じり込んでいた。

 

 だが、たかが一泊だと男は気にしないことにする。夜中女が砂かきをする姿を見て、大変だなぁと同情し手伝おうとすると「今日はいいです」と言われる。今日は、だなんて、今日限りだと言うのに変なことを言うものだと笑い飛ばす。

 

 砂の部落はこうしてふらっとやってきた男を捕まえ独り身の女の主人にすることを目的としていた。翌朝になり男は愕然とする。砂かきに疲れ切って砂にまぶされた裸の女と消えた縄梯。男は脱出を試み、女を縛って拉致し老人たちを脅してみたり脱走してみたりするのだが、結局のところうまくいかずに女の元に戻ってきてしまう。

 

「かまいやしないじゃないですか、そんな、他人のことなんか、どうだって!」

 

 この砂が貴重な部落の財源となっている、と女は言うが、男はこんな砂を使った建築物など大変なことになると言う。

 

 一貫して腰の低かった女だが、男の言葉に「他人などどうだって良い」と激しく返す。男はあれこれ考えたのち、確かにどうだっていいよね・・・と女に共感し、女の欲しがるものが砂かきという労働で手に入るならそれがいいよね・・・と返すのだった。

 

 この男、実は既婚者であり捜索願いを出したのは妻なのだ。だが、男にとって妻は味方ではなく、この砂の女こそが味方となるのだ。外の世界では壁は男の前に立ちはだかるものであった。妻であり世間体であり、戦うものがあったのだ。だが、砂の女と暮らす今にも崩れそうな家は男を守る壁であった。

後々男は部落の人に認められ、他の長年部落に住んでいる者たち同様、常に縄梯が降ろされた状態になる。だが、男に脱走の意志はすでにない。男が外の世界で見つけられなかったものが、ここにはあったからだ。