深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

ジゴロとジゴレット: モーム傑作選/サマセット モーム〜ユーモアを学ぶならモームで決まり!〜

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《内容》

避暑地でダイエット中の中年女性たちの前にスレンダーな女性が現れて巻き起こる痴話喧嘩。結核療養所での患者同士の結婚式。占領軍のドイツ兵の子を身ごもったフランス人女性の気丈。政治家が精神科医に告白する屈辱的な幻視。ホテルで危険な芸をみせて生計を立てる夫婦の悲哀。ヨーロッパを舞台に、味わいと企みと機知とユーモアに彩られた大人の嗜みの極致八篇を新訳で愉しむ。

 

帯の

 

「すべきことをしただけ。

小川までいって、沈めたの。死ぬまでー」

 

に惹かれて買ってしまいました。あと表紙もめちゃくちゃかっこいい。初のモームでしたがめちゃくちゃ好きになったのであの有名な「月と六ペンス」も買ってしまいました。

この表紙デザインめちゃくちゃ好き・・・!

 

ユーモアを学ぶならモームで決まり!

アンティーブの三人の太った女…タイトルからカポーティみたいな辛辣な物語かと思いきや、食事制限ダイエットを死に物狂いでする三人の別荘にスリムな女がやってきて好き勝手カロリーの高いものを食べるというオモロ話。

 

「嘘でしょ!」アローが大声を上げた。「ふたりとも、はしたない。豚よ、豚」アローは椅子を掴んだ。「ウェイター!」

 さっきの約束はきれいに頭の中から消え去っていた。一瞬のうちにウェイターが飛んできた。

 

「ふたりが食べてるものを持ってきてちょうだい」

 

 

征服されざる者...ドイツ兵のハンスは征服したフランスのとある家に押し入りそこの娘を襲う。娘は頑なにハンスを拒否するが娘の両親はハンスが軍から持ってくる食料品や新聞に気を許してしまう。娘の膨らんだお腹に宿る子供が自分の子供であることを知ったハンスは娘との新婚生活を夢見るが...。

 

「すべきことをしただけ。小川までいって、沈めたの。死ぬまで」

 

 

キジバトのような声...主人公のわたしは新人作家の構想の一つであるプリマドンナがあまりに現実とかけ離れていることを危惧し本物のプリマドンナを紹介する。面白くて大爆笑した話。

 

わたしは彼女をマリアと呼んでもいいことになっていた。一方、彼女はわたしを「先生」と呼んでいた。それにはふたつの理由がある。第一に、そう呼べばわたしがばかにされた気がするのを知っているからで、第二に、ニ、三歳しか年が違わないのに、世代がひとつ下だとまわりにはっきり知らせることができるからだ。しかし、ときどき彼女はわたしのことを、いやな豚と呼ぶこともあった。

 

急にいやな豚www

 

マウントドラーゴ卿...恐ろしくプライドの高いマウントドラーゴ卿が悪夢にうなされる話。主人公の医者は悪夢からの脱却法を伝えるが、マウントドラーゴ卿はそれだけはできないと断り最後には...

 

オードリン医師は長年、精神を病んだ患者をみてきて、正気と狂気をへだてているのが、ほんの細い線だということを知っていた。どこからみても健康で正常な人間、幻覚などとは無縁にみえる人間、日々の仕事をきちんとこなしてまわりの評判もよく人々の役に立っている人間、そういう患者がいったん医師を信用すると、世間にたいしてつけていた仮面を脱いで、恐ろしい異常性だけでなく、信じられないような奇想や妄想を打ち明けることがある。

 

 

良心の問題...刑務所の中心にあり受刑者と共に生活する町にやってきたわたしは一人の受刑者の話を聞く。

 

誓っていいますが、そのときその質問に答えたのはぼくじゃありません。ぼくの靴をはいて立っていた、ぼくと同じ声の別人です。ぼくの口から出た言葉は、ぼくの言葉じゃなかったんです。

 

 

サナトリウム...結核を患った人たちが集うサナトリウムにやってきたアシェンデンは療養のかたわら周りの人たちを観察する。

 

「男がその気になりさえすれば、頑張って落とせない女なんていやしない。なんてことない。だけど、難しいのは手に入れた女と別れるときだ。よっぽど女のことをわかっていないと、相手を傷つけないで別れることはできない」

 

 

ジェイン...50を超えた野暮ったい未亡人のジェインが27歳下のギルバートと結婚するとみるみる美しくなり社交界に引っ張りだことなる。その秘密を姉のファウラーが聞くとよりにもよらない答えが返ってくるのだった。

 

まさに真実をついていて、ミセス・タワーは何もいえなかった。ジェインの言葉は常に、真実をついている。じつにまれなユーモアのセンスのある人だと思う。

 

 

ジゴロとジゴレット...サーカスで生計を立てるシドとステラ。火のついたプールにステラが飛び込むという一芸は大人気だったが、二人の前に過去の栄光を語る元サーカスの人気者夫婦が現れて・・・

 

「いったいなんで、お客は何度も何度もあたしをみにくるんだと思う?あたしが死ぬところをみたいからよ。そのくせ死んで一週間もしたら、あたしの名前さえ忘れちゃう。お客なんてそんなものよ。あの厚化粧のお婆さんをみたとき、それが身にしみてわかったの。シド、もう耐えられない。」

 

 

 征服されざる者、マントドラーゴ卿は重く良心の問題は不気味ですが、ジゴロとジゴレットは根無草だった二人が文字通り命をかけて自分たちの生きる場所を作っていこうという前向きなストーリーです。アンティーブの三人の太った女、ジェインの二つはオモロー話。サナトリウムは病を抱えて生きる人たちの群像劇で、誰かの幸せが誰かを幸せにする、という美しい終わりです。

新潮文庫の新調版モーム全部買うわ。