《内容》
長者の一粒種として慈しまれる夜長姫。黄金をしぼらせ、したたる露で産湯をつかわせたので、姫の身体は光りかがやき、黄金の香りがするといわれていた。飛騨随一の匠の弟子で、大きな耳を持つ耳男は、姫が十三歳の時、姫のために弥勒菩薩像を造るよう長者から命じられる。美しく、無邪気な姫の笑顔に魅入られた耳男は、次第に残酷な運命に巻き込まれていく。
坂口安吾は「桜の森の満開の下」を森見さんの新釈で読んだだけなのですが、今回もおどろおどろしくてよかった。
前回の岡本かの子と比べてしまうけど、なんとなく女性が描く女性はリアルだなぁと思ってしまう。金魚繚乱の真佐子は天女と描かれているけど、その実は人一倍美しいだけの普通の女性です。対して夜長姫は美しく、そして残酷なのでした。
狂気
吊るした蛇がいっセいに襲いかかってくるような幻を見ると、オレは帰って力がわいた。蛇の怨霊がオレにこもって、オレが蛇の化身となって生まれ変わった気がしたからだ。そして、こうしなければ、オレは仕事をつづけることができなかったのだ。
耳男はヒメを守るホトケを作ってほしいと言われ、長者の邸へと連れてこられた。長い耳を持っていた耳男は、ヒメの着物を織るために連れてこられた江奈古(エナコ)に耳を斬られてしまう。耳を斬られ血を流す耳男の前には頬を高揚させ満足げなヒメがいた。
耳男はその時、ヒメが求めているホトケが何なのか悟った。だが、それを造るには正常な自分の状態では難しい。気が違うほどの狂気がなければヒメの求めるものは造れない。耳男は蛇や獣を捕まえてはその血を像に滴らせた。
好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。お前のミロクがダメなのもそのせいだし、お前のバケモノがすばらしいのもそのためなのよ。いつも天井に蛇を吊るして、いま私を殺したように立派な仕事をして…
そうやってバケモノを献上した耳男だったが、ヒメは喜びはしたものの満足はしなかった。人が死ぬのを望み、それを見たいがために蛇の生き血を飲むヒメに耳男は怯えた。このままでは全員死んでしまうと追い詰められた耳男はヒメの胸にキリを打ち込むのだった。
「好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。」
ここまでするから「好き」なのか「好き」がそうさせるのか、どちらにせよ、ただ「好き」だという言葉に意味はない。本当に好きなら、徹底的に何かをすべき、というのがこの言葉の意味かな、と思います。
ヒメは民衆の死を喜んでいたのではなく、好きだから呪って殺したのですね。そうすれば永遠に自分の民だと思ったのでしょうか。
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