深夜図書

不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

みみずくは黄昏に飛びたつ~私が村上春樹の作品に惹かれる理由~

≪内容≫

芥川賞作家にして、少女時代からの熱心な愛読者が、村上春樹のすべてを訊き尽くす。騎士団長とイデアの関係は?比喩はどうやって思いつく?新作が何十万人に読まれる気分は?見返したい批評家はいる?誰もが知りたくて訊けなかったこと、その意外な素顔を、鮮烈な言葉で引き出す。11時間、25万字の金字塔的インタビュー。

 

 

 

まだ騎士団長殺し読んでないのにね!!!

なんでこれ先に読んじゃったんだろうか・・・

まぁでもミステリー小説じゃなかろうし、いっかな・・・と思った。すごいネタバレしてるけど。

 

 

 

 

時の洗礼を受けた小説しか読まない

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といったのは「ノルウェイの森」の先輩だった気がする。

この台詞がずーっと頭の中にあって、新書を読むより古典を読もうかなぁと思ったりして、聖書なり神話なりに手を出しつつ、やっぱり新書とか気になる本を読んだりしています。

村上:リンカーンが言っているように、ものすごくたくさんの人間を一時的に欺くことはできるし、少ない数の人間を長く欺くこともできる。しかしたくさんの人間を長く欺くことはできない。

それが物語の基本原則だと僕は信じています。

だからヒトラーだって、結局は十年少ししか権力を持ち続けられなかった。麻原だって十年も続かなかったですよね。とにかく「善き物語」と「悪しき物語」を峻別していくのは、多くの場合、時間の役目なんです。そして長い時間にしか峻別できないものもあります。

その後にも、村上さんは何百冊読んだって、自分に響く小説は多くて10冊くらいしかないし、世界的に名作と言われているものが自分にとってはつまらない話だってこともある、と言っています。

 

小説を読んでいると読みやすい話と読みにくい話があります。

読みにくいというか、「え?」みたいな話というか。

村上さんは、「善き物語」は噛み砕くのに時間がかかり、「悪しき物語」は話が早くて受け入れやすいと書いています。

私にはまだ「善き物語」と「悪しき物語」の違いは分かりません。

 

作っている作者だって、執筆当時は「善き物語」と信じて疑わず書いていたものが、時がたって「悪しき物語」だと判明することもあると思います。

そして、あらかじめインチキだったり騙そうとしたり、そういう邪な心でつくられた物語は後世には残らない・・・。

 

 まだまだ読みたい現代作家の小説がたくさんあるなぁ。

でも、読書を始めたころは自分がどんな物語が好きで、どんな物語は好きじゃないのかさえ分からなかった。

選ぶことが出来なかった。

だけど、今はそれなりに自分の嗜好が分かってきたような気がするのでますます狭く深く読書ができるんじゃないかとわくわくしています。

 

何事も時間がかかるものですね。

 

 

 

 

罠というものは嵌るときは嵌っちゃうもの

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村上:人生は危険な罠に満ちていると思います。ぞっとするようなことが人生にはたくさんある。

でもそのように説明して世の中を説得しようとしても、そんなことほとんど不可能です。

「罠というものは、嵌るときはすぽっと嵌っちゃうんですよね」とすらっと言っても、多くの人はたぶんうまく実感できないでしょう。

その構文をいったん物語という次元に移行させなければ、ものごとの本質は伝えきれないんだな、と僕はあの本を書いていて実感しました。 

羊男のクリスマスで感じたことは当たらずも遠からずだったのかなーとちょっと嬉しい。

 

この引用文にあるあの本とは「アンダーグラウンド」のことです。

 

 

まだ読んでいないのですが、これはオウム真理教に関わる人たちの話だそうです。

 

第三者に起きた出来事を伝えるのって実はすっごく難しくて、当事者たちはすごく深い話をしたわーって思っても、第三者から「どんな深い話?」とか聞かれて答えるとなんとも陳腐な気がしてしまう。(私の話力がないだけの話かもしれない)

 

語りたい、という想いは実は相当強い意思なのかもしれない。

そしてそれを研ぎ澄まし続けること、語り続けることは、私が思っていたより相当なフィジカルが必要なものなのかもしれない。

 

ちょっと言いたい、ちょっと伝えたい、そんな気持ちで出来ることじゃないんだなーって痛感しました。

村上さんの文章への熱意に圧巻されます。

 

 

 

 

解釈出来ないから物語になる

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村上:物語というものは、解釈できないからこそ物語になるんであって、これはこういう意味があると思う、って作者がいちいちパッケージをほどいていたら、そんなの面白くも何ともない。

読者はガッカリしちゃいます。

作者にもよくわかってないからこそ、読者一人ひとりの中で意味が自由に膨らんでいくんだと僕はいつも思っている。 

 仰っていることは分かるけど・・・まじでか!!!??

 

私が今まで、かれこれこういう意味があると思う~とかウンウン唸っていたのは何だったというのか・・・。

まぁこういう楽しみ方も一つの在り方で間違ってはいないと思うけど、素直にびっくりしました。笑

 

確かに、作者の意図が透けて見える作品って読んでてあまりワクワクはしないです。

なんで村上さんの作品にこんな惹かれるんだろう・・・っていう答えはこれかな?

 

一つの物語が与えられて、それをきっかけに縦横無尽に想像できる。

この楽しみ(快感とも言う)が何とも言えない。

 

というか答えなんて正直どうでもいいんですよね。

その人にとっての「答え」なり「教訓」なり「感動」なりがあって、それは別に統一されなければならないものじゃないし。

 

なんかこの本を読んで、ますます好きだわーって思いました。村上春樹。

何より、誠実なのがいい。否定しないのがいい。クールに燃えているところがいい。

 

 

例え実際に交流がなくても、信頼関係を大事にしようという意思は必ず伝わると思う。作者と読者。アーティストとファン。応援する人とされる人。

その関係を大事にしているっていうのをちゃんと口にして、それが文字になって、読者に届く。

信頼関係も簡単には結ばれないですもんね。

時間と真摯な行いが強くしていくものだと思います。