深夜図書

不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

生と死の幻想/ 鈴木 光司 ~家族を守るために闘うはお父ちゃん~

≪内容≫

平和で安全な世界でなければ生きる価値はない、と思う人間があまりに多すぎやしないか。どんな悪行がはびころうとも死が間近に迫ろうとも、世界は生きるに値する…。生の根源の闇と光を見据えた新世代作家の、現代日本への警告。

 

 

 

リングシリーズとは全く無関係です。

これは霊的なものもありますが、ほとんどが生きている人間同士の戦いです。

 

収録されている六編全て、出てくる主要人物はお父ちゃんです。

 

リングシリーズとは無関係ですが、作者の鈴木さんはたぶん【家族を守る父親】という像を常に描かれています。

 

 

世の中に必ずある理不尽な悪意。

その標的が家族に向けられたとき。父親ができること。いや、しなければならないこと。そういった思いが込められているように感じました。

 

 

 

 

 

収録されている六編の紹介

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一話:紙おむつとレーサーレプリカ・・・生まれたばかりの娘の世話をするため、家庭教師とスポーツジムのインストラクターのアルバイトをかけもちする夫。

 夫は自分が原因で神経衰弱となった妻を支えようと、妻の仕事はそのままで自分が仕事を変えることにしたのだ。

 レーサーレプリカという家庭の匂いのしないオートバイにくくりつけられた紙おむつ。そのアンバランスな光景はある悪意を惹きつけた

おれは身震いをした。家族にしてやれることといったら、肉体を張ることだけだ。その身体が、気まぐれな悪意で消えていたかもしれない。

 

 二話:乱れる呼吸・・・集中治療室に運ばれた妻。その体内には小さな命がすでに宿っていた。夫はその部屋で妻とお腹の子の容態を心配していた。すると、妻につけられた人工呼吸器が妙な音を出して喘ぎ始めた。その妙な音の正体は・・・。

「だいじょうぶ、心配しないで。機械は正常に動いていますから。ただ、音だけなんです」

 

 三話:キーウェスト・・・フロリダ半島のハイウェイを走る父と娘。ふと目の前に見える島に魅せられた夫は、助手席に座る娘を一人置いて海の中に入って行く・・・。

「パパァ!」

娘が叫んでいる。声のほうを見ると、娘は必死の形相だった。たったひとり、ハイウェイに取り残され、車の運転もできなければ、言葉も通じず、おまけにスーツケースも失ってしまった娘。自分の染色体を受け継いだ存在が、呼び求めている。

 

 四話:闇のむこう・・・夫の不在時にイタズラ電話に悩まされる妻。その悪意は家を変えてもつきまとってくる。目に見えない悪意の根源を見つけるべく夫は立ち上がる。

危険を百パーセント取り除く方法・・・・・・、たったひとつだけだ。

妻と娘を無防備なままさらすわけにはいかない。

 

五話:抱擁・・・唯一主人公が女性。主人公は離婚してシングルマザーとなり娘を育てている。仕事先で出会った男と親密になる。ある日、彼女は男を自宅に上げ夜中話をした。実は男にも子供がいたのだ。

「わからない。ただ、保育園の送り迎えはよくやったな。送りよりも迎えに行くほうがずっと好きだったけど」 

 

六話:無明・・・長女の保育園の「キャンプ教室」の現地に向かう四人の家族。山奥に設定されたキャンプ地に向かう途中、思いがけず出会った悪夢に父親は自然の本能に身を任せる

これが運命だとしても、手をこまねいて眺めているわけにはいかなかった。怯え、縮こまる前に、まず体勢を整えろ。身体中の筋肉から余分な力を抜き、大切なものが失われるシーンをイメージしてみる。執着を失くすことはできない。たとえ、手を汚すことになっても、克服するのだ。 

 

 

 

 

父は強い、でも弱くもある。

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 強い、というか強くなければならない、といった印象でした。

六話「無明」で語られるように、これが運命だとしても、手をこまねいて眺めているわけにはいかない。これは「リング」における浅川の心情とリンクします。

 自分一人なら、迷いや偶然に身を任せることも選択肢にあるかもしれない。しかし、自分の後ろには恐怖で怯える妻と娘がいるのだ。自分が立ちあがらなければならない。それが出来るのは、世界でたった一人。父親であり夫である自分だけなのだ。

 

 それでも父親という肩書だけで、強くなれるわけではない。

そんな心情を描いているのが三話「キーウェスト」五話「抱擁」である。

私は本作の中で一番「抱擁」が好きです。正直、一番せつなくて悲しいお話だと思う。

そして二番目に好きなのが「キーウェスト」。こちらは娘の存在が父親を救う話。この二作品は光と影のように近くて遠い。

 

此岸にいながら、彼岸に魅せられる人間を呼び止められるのは、此岸に足が着いている人間だけなのだろうと思った。生きるエネルギーとも言える。

 

 世の中はやさしい世界ではない。だからといって嫌なことばっかりってわけでもないけれど、理不尽な暴力や不条理なニュースは絶えない。

 私達はやさしい世界を望みながらも、この世界がそうではないことを知っている。そして器用に出来るだけ爆弾に当たらないように過ごすしかない。

 

だけどもし、得体のしれない悪意に標的にされてしまったら。

それは絶対に起きないことではない。誰の身にも降り注ぐかもしれないことです。

 

私は、もしも一人なら・・・くじけてしまうかもしれないと思う。だけど、愛する人や大切な友や家族を思い浮かべたら、なけなしの勇気が一滴くらいは零れるんじゃないかと思う。

 

 世界が生きるに値すると思うなら、その根源はなんだろう。なぜ争いも汚辱もなくならない世界で文句を言いながら生きているんだろう。それ以上の価値があるからなのか、不都合に目をつぶっているからなのか、そこを掘り下げて考えるには今のところ勇気がない。