深夜図書

書評と映画評が主な雑記ブログ。不定期に23:30更新しています。独断と偏見、ネタバレ必至ですので、お気をつけ下さいまし。なお、ブログ内の人物名は敬称略となっております。

指の骨/高橋弘希~死んだまま、静かに澄んでいた~

≪内容≫

太平洋戦争中、南方戦線で負傷した一等兵の私は、激戦の島に建つ臨時第三野戦病院に収容された。最前線に開いた空白のような日々。私は、現地民から不足する食料の調達を試み、病死した戦友眞田の指の骨を形見に預かる。そのうち攻勢に転じた敵軍は軍事拠点を次々奪還し、私も病院からの退避を余儀なくされる。「野火」から六十余年、忘れられた戦場の狂気と哀しみを再び呼びさます衝撃作。

 

 

 戦争を知らない世代が戦争を書くってどういうことなんだろう?と思って読んでみた。SFとかファンタジーとかそういう世界観じゃなくて、実際の歴史上の戦争の出来事を描いてる本作。参考文献を見ると、作者が必要な資料を集めてこの作品を描いたのが分かる。つまり、本当に 戦争を知らない世代が戦争を書いたんだ。それってものすごく、とんでもなくすごいことのように思う。

 

 

 

 

 

「指の骨」とは

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 私の腹の上には、小さな鉄の塊があって、私はそれを、両手で強く握り締めていた。あたかもそれが、私の魂であるかのように。そして背嚢のどこかにあるだろう、指の骨のことを思った。アルマイトの弁当箱に入った、人間の、指の骨。私はその指の骨と、指きりげんまんをしたのだ。 

  戦争中は死んだ仲間を火葬することが出来なかったんですね。それで、小指だけを切り落とし、焼いて、もし出来たら家族の元に送りたかったのです。

 

 主人公が指きりした仲間は死んでしまった。そしてその約束を果たせぬまま、彼も命尽きようとしている。黄色い街道の上、切り落としてくれる誰かは、いない。

 

 

 

 

戦わずして死ぬ

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屋根を直しにいった兵が、屋根から落ちて死んでいた。誰かが、敵兵に撃たれたんだねか、と言い、誰かが、気絶してるだけでねか、と言った。軍医が脈と瞳孔を確認したが、彼は確かに死んでいた。衛生兵が指を切り取って、遺体を担架に乗せた。

 

「これも戦死ですかね?」

「戦地で死んだわけだし、戦死だろう。いや、戦病死?」

  本作は敵兵VS日本兵という戦いは描かれていません。ときたま、偶然ばったり敵兵と出くわしちゃったり、相手からの攻撃で亡くなったりはありますが、どちらかというと野戦病院での日々や戦地から戦地への移動が描かれています。とは言ってももちろん戦地であり、戦争中ですので緊張感はありますが、戦死=敵兵からの攻撃ではなく、日常の中で消えていく命のあっけなさ、戦いではなく生活の中でぽつりぽつりといなくなっていく異常さを感じました。

 

 

 私が作者を知ったのは、芥川賞を取ったからであり、その作品「送り火」の帯に書かれていた一文に猛烈に惹かれたからでした。

 ですが、「送り火」を読んだ後、正直なところあまり胸にくるものがありませんでした。ではなぜ、また高橋さんの本を手に取ったかというと、密かに胸に残るからなのです。どんなところが残るのか?それは内容ではなく、繊細な表現です。本作ではこの部分。

その一定の音に耳を傾けていると、しだいに水の音が私の体内からも聞こえてくる。私の中でも水が流れ始める。しかし私の体内から聞こえるということは、私は水そのものに、永久に辿りつけないのかもしれない。ただ水の流れを、何故そんなふうに聞き取っているのか、自分でも分からなかった。感覚はむしろ死んでいた。死んだまま、静かに澄んでいた。 

  こういう抽象的な表現を、かれこれこういう意味で、こういうことを言ってるんですよ、とかいうのってすごく興醒めだと思うし、むしろ曖昧なまま取っておく、ということがすごく大切だと私は思う。

 

 この引用部分にはもちろん前後があるし、小説という流れの中から切り取ったものなので、この部分だけで解釈するのはとても難しいと思います。だけど、もし帯に「感覚はむしろ死んでいた。死んだまま、静かに澄んでいた。 」と書かれていたら、作者を知らなくても帯買いしただろうな、と思う。

 

 死がね、暗くてどこまでも堕ちていくようなものじゃなくて、静かに澄んでいくのだな、と思うと、痛々しいとさえ思うほど美しくて、その美しさがまた悲しくて、だけどその本人は悲しいなんて全く言わなくて、むしろ悲しいとかそういうのがもうどこかに消えてしまったっていう空っぽさがね・・・・そういう退廃的な表現にすごく惹かれる。

 

 この小説は、戦争の小説なんですけど、戦争うんぬんよりも、兵士たちの日々をものすごく美しく描いてると思うんです。美しいって言っても美化してるんじゃなくて、ほんの一瞬の心の動きや、仲間との会話や、原住民との触れ合いのシーンが、エンターテイメント的派手さや華やかさとは真逆の素朴な自然な美しさで描かれてる。

 

  なんかもう書評というか作家評?みたいになってしまったけど、やはり賞を取るというのは、その人の文体というものがあるんだなぁ、と思った。「送り火」も「指の骨」も主人公は淡々としてるのだけど、ものすっごいセンシティブな心の動きが描かれてるから、その美しさに触れたい・・・と思って、ついつい手にとってしまう系作家の一人となってしまった。

 私クスっと笑える作家かクールを装った激熱作家が大好きなのだけど、全然笑える場所一つもなくて、熱さも微塵も感じないクールっぷりなこの作家が美しさだけでそれを超えた。