≪内容≫
ねじまき鳥が世界のねじを巻くことをやめたとき、平和な郊外住宅地は、底知れぬ闇の奥へと静かに傾斜を始める…。駅前のクリーニング店から意識の井戸の底まで、ねじのありかを求めて探索の年代記は開始される。
すごく面白いです。
三部作なので読めるかな~と億劫になってしまい、手に取るのが遅くなってしまったんですが、心配は杞憂に終わりました。
これずっとねじまき島(トウ)クロニクルだと思っていたんですよ、なんか離れ小島の話かな?って思ってて。
そしたら鳥の話でした。
世界のねじをまく鳥の話。
第一部は登場人物の紹介
です。
謎がわーっと散りばめられていて、主人公と同じくらい何も分からない状態で進んで行きます。
・10分間話しようと電話をかけてくる謎の女
・僕の妻・クミコ
・いなくなった猫
・5月生まれの笠原メイ
・妻の兄・綿谷ノボル
・猫探しにあてがわれた加納マルタ
・加納マルタの妹・加納クレタ
・主人公の叔父さん
・耳の遠い本田さん
・本田さんの形見を持ってきた間宮中尉
が出てきます。
これだけの人物が語り始めるので、一部に関しては、読者は語りをただ聞いているだけになります。
「もしかして・・・」とか「どうなるの・・・?」よりも「ふんふん」と聞いているような感じです。事前知識を知る巻・・・みたいな。
2部、3部に行くにつれて「あれ?これ最初に聞いたぞ・・・」というのがめちゃくちゃ出てくるので、かなり重要な情報です。
彼らはもちろん集合体ではなく個人なのですが、主人公は彼らの体験を共有したり追いかけたりする存在です。
だから、なんというか彼らの集合体が主人公・・・みたいな印象を抱きました。
この「ねじまき鳥クロニクル」は、今までの村上春樹の小説でされていなかった説明がされているように感じます。
今まではあくまで想像として感じていたものが、言語化されて差し出された感じです。
いいですか、岡田様、私は娼婦なのです。かつては肉体の娼婦であり、今では意識の娼婦なのです。
私は通過されるものなのです
/ねじまき鳥クロニクル第二部予言する鳥編
このように、今までの作品でもコールガールなり何らかの女性が関わってきたことの意味が分かりやすくなっているように感じました。
間宮中尉の長い話
第一部の最後に語り始めるのは日ソ国境紛争時に少尉として戦った間宮中尉です。
間宮中尉はある重要な密書を手にするために国境を超えてしまいます。
そこで敵に見つかり捕まります。
4人いた内の一人の見張りは殺され、実質リーダーだった山本は生きたまま皮を剝されるという残虐な拷問の末殺されます。
そして間宮中尉に形見分けを頼んだ本田さんは、事態を予期していたため密書を持って逃亡していました。
残った間宮中尉は殺されはしなかったものの、井戸の中に放り込まれます。
そこは水のない渇いた井戸で、殺されない代わりにじわじわとそこで死ぬようなものでした。
間宮中尉はその井戸の中で恐怖と孤独を感じていました。
幾度かの眠りと目覚めを繰り返し、その井戸に光が射したとき、間宮中尉は涙を流しました。
この見事な光の至福の中でなら死んでもいいと思いました。いや、死にたいとさえ私は思いました。
そこにあるのは、今何かがここで見事にひとつになったという感覚でした。圧倒的なまでの一体感です。
そうだ、人生の真の意義とはこの何秒かだけ続く光の中に存在するのだ、ここで自分はこのまま死んでしまうべきなのだと私は思いました。
しかし光は過ぎ去り、本田さんが間宮中尉に残した予言が頭をよぎります。
それは間宮中尉はここでは死なず、日本に帰りこの4人の誰よりも長生きするということでした。
あの光が来て、去っていった今、私には彼の予言をはっきりと信じることができるようになっていました。何故なら私は死ぬべきであった場所で、死ぬべきであった時間に死ぬことができなかったからです。
私はここで死なないのではなく、ここで死ねなかったのです。
おわかりになりますか。
そのようにして私の恩寵は失われてしまったのです
本作はスパゲッティを茹でているときに謎の女から電話がかかってきて、そのうちに猫がいなくなり、その次には妻がいなくなってしまう話です。
主人公に直接関係するのは猫と妻だけだったはずなのに、猫がいなくなったことで色んな人間と出会い、妻がいなくなることで知らなかったことを知ることになります。
このような戦争の話や加納クレタが話す痛みの話は今までの主人公には全く無縁の話でした。
しかし、猫がいなくなったことから始まる奇妙な人物との出会い、その人物たちが語る物語は何も無縁ではないのです。
恐らく全てが繋がっている。
最初にスパゲッティを茹でているとき流れていた「泥棒かささぎ」はオペラ作品です。
オペラの内容である、農民や庶民たちに圧力をかける権力者との対決が本書のベースなのではないかと思うのです。
オペラはハッピーエンドのようですが、本作はどうなることやら・・・。
最近短編ばかり読んでいたので、あまり戦いという感じのものは読んでいませんでしたが、ダンスダンスダンスのようなものを感じました。
根源的な悪との戦い・・・それはおそらく妻の兄・綿谷ノボルだと思われます。
顔のない権力者。
毎度のことながら、どうしてもリアルに感じられないところが好みです。
加納マルタ・クレタとかねじまき鳥とか、死とか戦争とか重いものが重いまま伝わってくるのに、私の頭の中では3次元ではなく佐々木マキ的なイラストで再現されています。
とりあえず、井戸はここにひとつみつかったわけだ。